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おわら風の盆

松本から足を延ばして、富山は八尾のおわら風の盆を見てきました。なんだかんだと今年でもう3年連続の訪問となってしまいました。

風の盆は、他の盆踊りとは少し趣きが異なっていて、おわら節というゆったりとした息の長い歌とともに、踊り手がゆっくりと進んでいきます。踊りもまた独特で、編笠を目深にかぶり、揃いの浴衣で踊る姿は、夏の盆踊りというよりは、静かな秋の風情を感じます。

風の盆の魅力はなんといってもその音ではないかと思います。楽器(地方)は三味線が中心なのですが、大きな特徴は胡弓が使われることで、夕闇に響く胡弓の哀愁を誘う音は、単調な旋律の繰り返しにも関わらず知らず知らず惹きつけられてしまいます。

ただ、この風の盆は古くからある狭い町で行われる上に、観光に訪れる人の数がとてつもなく多いため、7時頃から行われる正式な町流しは押すな押すなの大盛況となってしまい、あの哀愁を帯びた旋律をなかなか素直に味わうことができません。

そこで今年は思い切って、深夜1時頃に出かけ、数人の地方と踊りで練り歩く、夜流しを楽しむことにしました。写真のように深夜とはいえまだたくさんの人が居ますが、これが正式な町流しともなると、立すいの余地も無くなってしまいます。

古い町並みの残る諏訪町で、行きつ戻りつする夜流しを眺めていると、都会で溜め込んだ雑事、雑念などはすっかりどこかへ飛んでいってしまい、ゆったりと流れるおわら節にただ聴き入るばかりでした。


サイトウキネン・フェスティヴェル

柄にもなくご招待を受けて、サイトウキネン・フェスティヴァルでR.シュトラウスの《サロメ》を観てきました。

サイトウキネン・フェスティヴァルのチケットは、例年であれば小澤征爾が指揮をするため入手は困難を極めプラチナチケットと化しているのですが、今年は小澤の体調不良からオペラの指揮に代役が立てられたため(結局のところ、管弦楽コンサートでもわずかしか振らなかったようです)、ブロンズチケットかスチールチケットか、といった具合で、容易に入手できたようです。

あまりオペラは聴かない私ですが、近現代ものには好きなものも多く、R. シュトラウスは《サロメ》の他にも《エレクトラ》や《ばらの騎士》など、好きなオペラ作品の多い作曲家の一人です。

《サロメ》は言わずと知れたオスカー・ワイルド(とビアズリーの挿絵!)による、さまざまなスキャンダルをひき起こした戯曲で、その退廃的、背徳的な雰囲気は、後期ロマン派も極まったR.シュトラウスによって、実に官能的に音楽となっています。ワイルドもR.シュトラウスも、時代の求めた芸術家であったのでしょう。

さて、演奏については私は評論家でもありませんのであれこれと言うことはできませんが、舞台はなかなか面白く、最後まで見ごたえがありました。歌手もその実力のほどは分かりませんが、音楽と戯曲の世界へ溶け込んでいて、ちょっと油断すると《サロメ》の世界へ惹き込まれてしまいそうでした。しかし、なんと恐ろしい話でしょう。私にとっては、下手なホラー映画などよりはるかに恐ろしく猟奇的です。

それにしても、まさか生きている間に《サロメ》を演奏会で観ることができるとは思ってもみませんでした。世界を見渡せば少し流行ってはいるようですが、それでも日本で舞台に掛けるには勇気のいる作品です。小澤征爾についてはいろいろと意見もあるのでしょうが、このような作品(以前にはプーランクやブリテン、ヤナーチェクなどが上演されており、来年はなんとバルトークの《青髭公の城》です)を舞台で観られるフェスティヴェルというものは、いろいろと困難もあるのでしょうが、ぜひとも続けていって欲しいものです。

松本へ行くといつも立ち寄らせていただく「レストラン鯛萬」。木組みの高い天井が美しいメインホールで早めの夕食をいただきました。

 


HDDのダウンサイジング引越しの巻 その3

何を今さらの更新です。

恐るべき事実、それは私の購入したハードディスクはとんでもなく遅いシロモノだったということです。
購入した2TBのHDDはWestern Digital社のWD20EARSというものだったのですが、どうやらこのHDDにはAdvanced Format Technologyなるテクノロジーが使われていて(詳しくはこちら、XP以前のWindowsで使う時には、専用のアプリケーションで最適化しないと極端に遅くなるらしいのです(それ以外にもトラブルは多いそうですが)

つまりあの極端に遅い原因はこれだったようなのです。SSDのWindowsも安定しているので、問題のHDDのパーティションを再度切りなおして専用アプリケーションWD Alignで処理をしてみます。早速CrystalDiskMarkでベンチマークテストをしてみますが、結果は、古い7200rpmHDDなんか足元にも及ばないような速い数字が出てきました。

この一週間の努力と苦労はいったいなんだったんだろうか……。とはいえ、SSDのベンチマークはWDのHDDの3倍速くらい出ていますので、不必要な速さを楽しむことにしますか。やれやれ。

あまり参考になさる方はいらっしゃらないでしょうけど、ダウンサイジング引越しの手順を書いておきます。

  1. Partition Masterなどを使って、コピー元HDDのパーティションサイズをコピー先HDDのサイズより小さくする。
  2. コピー元HDDにシステム以外のパーティションがある場合は、バックアップなどを取って削除する。
  3. Partition Masterなどでコピー元HDDのパーティションをコピー先HDDへコピーする。
  4. Disk Geniusで、コピー元HDDからBackup Partition Tableを行い、適当なファイルへ保存する。
  5. 4.で保存したファイルを使って、コピー先HDDへRestore Partition Tableを行う。
  6. うまく起動しなかったらRebuild Master Boot Recordを実行してみる。

こうやって書いてみると、苦労した割には実に単純でがっかりしてしまいます。今回得た教訓は、システムドライブを調子にのってどんどん大きくしていくと、(時々)面倒なことになる、です。2TBのSSDなんて天文学的な値段になりそうですから。

来週からは爆速パソコンで仕事にいそしみます。いや本当に。


HDDのダウンサイジング引越しの巻 その2

SSDを買ってきたのはいいですが、引越し元のシステムディスク(Cドライブ)は2TBの半分の1TBですから(そのうち使用しているのは150GBほど)、データを整理しなければいけません。音楽データや画像など、頻繁に使わないファイルをDドライブへ移動することにして、ざっと150GBから80GBほどにスリムアップしました。あとは、このCドライブのパーティションを縮めて丸ごとSSDへ移せば完了です……しかし世の中それほど甘くはありませんでした。

Partition Masterでは、Windowsシステムのコピー(HDD引越し)はHDD丸ごとのコピーしか対応しておらず、Cドライブだけのパーティションコピーではシステムが移行できないのです。さりとて2TBのHDDを丸ごと128GBのSDDにコピーできるわけもなく……。有料の移行ソフトの中にはダウンサイジング引越しというものが可能なものもあるのかもしれませんが、おそらく一生に1度あるかないかというダウンサイジング引越しのためにお金を払うのも面白くないので、有料ソフトは最後の手段に取っておくことにします。

調べてみると、HDDの一番初めにはMBR(Master Boot Record)なるものが書き込まれていて、そこにHDDのパーティションの数やサイズが書き込まれているのだそうな。それならば、Partition MasterにRebuild MBRというメニューもあることだし、パーティションをコピーした後に何とかしてMBRをコピーすればどうにかなりそうではありませんか。

さっそく、縮めたCドライブパーティションをSDDへコピーして、Rebuild MBRを実行しますが、起動せず。そうそう簡単には行かないようです。調べを進めると、Windows XPにはMBRの修復コマンドがある他、WindowsをCDから起動して修復インストールするという手もあるそうなので早速実行してみました。しかし、SSD自体を認識していないようで上手くいきませんでした(何かするごとに、Rebuild MBRもしてみましたが変化なし)

とにもかくにもMBRさえコピーできれば何とかなりそう、という根拠の薄い自信に基づいて調べを進めると、こんなコアなページも見つけました。しかしこのような方法も相当にややこしそうなので、最後から2番目の手段にしておきます。

そして見つけたのが、Disk GeniusのBackup/Restore Partition Table機能でした。さっそくHDDのパーティションテーブルをバックアップして、SSDにレストアしてみます。途中いくつかエラーメッセージが出てきましたが、そこは目をつぶります。起動してみると、今までなら止まっていたマザーボードのスタートアップ画面を通り過ぎてWindowsのロゴ画面まで進みました。遂に……と思ったら、そこでコンピューターがシャットダウン、再起動を繰り返してしまいます。しかし少しは前進したというものです。

沈思黙考すること数分。閃きました。HDDには100GBに縮めたCドライブのパーティションの他にDドライブとして使っていた1TBのパーティションもあり、MBRには当然こちらのパーティション情報も書き込まれているはずです。このDドライブのパーティションを削除すれば、HDDのMBRからDドライブのパーティション情報が削除され、Cドライブだけのパーティション情報が書き込まれるはずです。そうすれば、同じ1つのパーティションのSSDとほぼ同じ構成となるはずです。

イライラしながらDドライブをフルバックアップしてから、そのパーティションを削除、再起動、HDDからBackup Partition Table、SSDにRestore Partition Tableと進めていきます。心なしかレストア時のエラーメッセージも少ないようです。

結果からいうと、これらの作業で無事SSDからの起動に成功しました。MBRエラーが原因ではないかと思われるちょっとした挙動不審はありましたが、数度の再起動によってWindowsが勝手に最適化してくれたようです。

しかし、これらの作業中恐るべき事実が発覚したのです。

つづく。


HDDのダウンサイジング引越しの巻 その1

今週は、どうにもこうにもパソコンに振り回された1週間でした。

そもそもの始まりは、手狭になった320GBのHDDを、価格の安くなった大容量2TBのHDDへ思い切って交換したことでした。近頃は素晴らしいフリーソフトが数多く出回っており、その中の一つEASEUS Partition Masterを使えば、データやアプリケーション、OSごと(というかディスク丸ごと)簡単に移行できるのです。

実にあっさりと無事移行できたのはいいのですが、いざ使ってみるとこれがどうにも遅いのです。アプリケーション一つ開くのにもHDDに長々とアクセスして、忘れた頃になってやっと起動するといったありさまです。さすがに仕事にも支障をきたすような遅さなので、HDDをAHCIモードにしたり、ページングファイルを別のドライブにしたり、レジストリを書き換えたりと色々な対策をほどこしたのですが、結果は多少早くなった程度で、とても満足できるようなものではありませんでした。特に、仕事の都合でAcrobatとPhotoshopを使うようになってからは怒りが爆発(というほどでもないですが)、根本的な対策として更なるHDDの交換を画策することにしました。

購入した2TBのHDDは回転数が5400rpmのもので、今まで使っていたものが7200rpmだったことから、その速度差が問題なのではないかと推理し、10000回転以上のものでも購入しようかと思いましたが、いっそのこと随分と価格のこなれてきたSSD(Solid State Drive。いわゆるフラッシュメモリによるHDD)を導入したら速いぞ、という悪魔の声が聞こえてきました。

しかしSSDも一筋縄ではいかないようで、最大の問題点としてその寿命が挙げられますSSDの寿命。しかし、あちこちのページを読み漁った結果、問題よりもメリットの方が大きいであろうという結論、というよりも願望に至り、いそいそと128GBのSSDを買いに走りました。

ここでHDDからSSDに乗り換えて「メデタシメデタシ」となるはずだったのですが、世の中そう甘くはありませんでした。どうやら世間では、HDD丸ごと引越しというものは、より大きなHDDへの移行しか想定していないようで、大きなHDDから小さなHDD/SDDへのダウンサイジング引越しというものが、これほど面倒なことだとは夢にも思はなかったのです。

つづく。


聖トマス教会(ライプツィヒ) [News写真2005年1月]

ドレスデンから電車で1時間ほどのところに、ゲーテが学び、バッハの活躍した町、ライプツィヒがあります。ライプツィヒに向かうべく夕方にドレスデン駅に着いたまさにその時、ライプツィヒ方面行き電車が出発するところで、チケットを買う間もなく飛び乗りました。

ライプツィヒは、見本市が行われるなど旧東ドイツの都市の中では比較的大きな町なのですが、旧市街は意外に小ぢんまりしており、有名なゲヴァントハウスは旧市街の少し外側にあります(外側にあって良かったというデザインですが…)

その旧市街の入り組んだ道の中ほどに、かつてバッハもカントールをつとめたという聖トマス教会があります。教会の前の小さな広場には、バッハの銅像があり、いやが上にもバッハとクラシック音楽の歴史を感じさせます。

ルター派の教会らしく外観は質素な造りですが、内部の白い天井には装飾とともに網目のように赤いアーチが入り組み、荘厳というよりは意外なほど明るい雰囲気を漂わせています。この時は、(ギュンター・ラミンのジャケット写真に写っている)合唱団の並ぶ2階のオルガン付近が工事中で幕に覆われていたのが、トマス教会合唱団の愛好家としては少し残念でした。

曇り空だったこともあって教会の内部はほの暗かったのですが、写真に写っている内陣付近は、ステンドグラス越しに差し込むやわらかな光と照明に美しく照らしだされていました。

一通り教会を見て回ったあとは、バッハもシューマンもゲーテも通ったというヨーロッパ最古のカフェ、「カフェ・バウム」で一服するのが正しい観光客といえましょう。


シュターツカペレ・ドレスデン [News写真2004年12月]

日本ではドレスデン国立歌劇場と呼ばれるシュターツカペレ・ドレスデンは、ヨーロッパでも最も古い歴史を誇る管弦楽団の一つで、その壮麗な歌劇場はゼンパー・オパーとも呼ばれます。

2003年春、ベルリンから列車に乗り、初めてドレスデンを訪れました。貧乏旅行のため2等自由席へ乗ったのですが、この時向かいに座っていたドイツ人とおぼしき3人が実に個性的だったので今でも記憶に残っています。一人は強面で屈強な軍人のようなスキンヘッドのおじさん。一人は撫でつけた髪がきれいにM字に剃りこまれているように見えるやさ男。もう一人はやや着古したGジャンを着て頭髪が少し後退し、背が高く痩せたお兄さんで、「特攻野郎Aチーム」のモンキーを思わせる雰囲気です。このお兄さんがどさっと置いた大きなザックには、なぜか着ぐるみのライオンらしき頭がぶら下がっているのですが、誰もそれには気をとめず、ヨーロッパ人らしくしかつめらしい表情をしています。

別々に乗り合わせたこの3人は時々会話を交わしていたのですが、私たちは、もともと旧東ドイツ圏であることもあって、英語が通じるかどうか自信が無かったので(もちろん英語でも自信は無いのですが)、ライオンの頭やら、スキンヘッドおじさんの職業やら興味津々だったにもかかわらず話しかけることができませんでした。今にして思えば残念なことをしたものです。

ドレスデンに着いた時、新駅か旧駅か分からず外をきょろきょろ眺めていたら、スキンヘッドおじさんがドイツ語で多分「旧駅は一つ先だよ」というような事を教えてくれたのが、唯一交わした会話でした。

ドレスデンは旧市街しか歩いたことがありませんが、第2次世界大戦で壊滅的な打撃を受けたにも関わらず大変に美しい街で、その最たるものが、写真のシュターツカペレ・ドレスデンとツヴィンガー宮殿でしょう。この時、灰燼と化した聖母教会は、欠片を一つ一つ組み合わせながらの再建途上で、バッハのカンタータ演奏で有名な聖十字架教会は内部が煤けて黒くなっていたのが印象的でした。

しかし、まだ少し冷えこむ夜のエルベ川沿いを歩いてたどり着いた、闇夜に光り輝くゼンパー・オパーはひときわ印象に残ったのでした。


ロシアのイコン

少し前、友人がライカのデジカメ M8 を持ってやってきたので、手持ちの Tele-Elmarit 90mm を付けてテスト撮影してみました。これがライカの写真なのかどうかは微妙なところですが、そもそもデジタルと銀塩写真を同じように比較するのがナンセンスなのかもしれません。

写したイコンは、数年前にロシアのイズマイロフスキー公園のマーケットで買い、持ち帰ったものです。ロシアではある程度古いイコン(美術品)の持ち出しには規制があるのですが、これが空港の税関で見つかってしまうと、新しい古いを問わず没収されてしまうらしく、税関をおそるおそる通過した覚えがあります。

この「受胎告知」は、面白いことに人物の描き方などがアンドレイ・ルブリョフの「三位一体」とほとんど同じスタイルで描かれています。ルブリョフの偉大さは現代に至るまで影響を与え続けているのかもしれません。