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シニョーリ広場(ヴィツェンツァ) [News写真2005年3月]

イタリアに限らずラテンの国々(主にフランスとイタリア)は、真面目一方な我々日本人には考えられないほどの長い夏休み、すなわちヴァカンスを取ります。極端な例だと7月の初めから8月の終わり頃までヴァカンスを取るお店もあります。

とはいえ、ラテンの国々も「このままではいかん」と思ったのか、ヴァカンスは短く、食事の時間も短く、食事のカロリーは低くなる傾向にあるようです。

このときは、スイスから北イタリアを回ったのですが、時まさに8月というわけで、イタリアはどこの町もかしこの町も水を打ったような静けさ、「地球最後の男」になったかと思うほどです。

しかも、このときのヨーロッパには、余りエアコンが普及していないフランスで老人の死者がたくさん出たというとんでもない熱波が襲来しているところで、スイスからコモ湖を越えて夜9時頃にミラノに到着したとき、見かけた温度計に38度という数字が煌々と輝いていたのを、今でもよく覚えています。

ヴィツェンツァの中心、シニョーリ広場もお昼だというのにまさに人っ子一人いない状態、むなしく太陽だけが気温をぐんぐんと上げ続けていたのでした。

それにしてもイタリアの古い町の美しさといったら……日本人として彼我の美意識の違いを痛感してしまいます。


三宅麻美ベートーヴェン・ツィクルス

今年もあっという間に暮れとなってしまいました。もしかすると、光陰の矢に乗っかってしまっているのでしょうか。

10月から12月にかけては、個人的なことでドタバタとしていた上に、前々からチケットを買っていたコンサートがずいぶんと重なってテンヤワンヤしてしまいました。いまさらですが、いくつかのコンサートの感想などを書いてみたいと思います。

まずは11月に行われた三宅麻美さんの「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 第1回」です。

三宅麻美さんは、以前にピアニストの友人から紹介されたのですが、話してみると、なんとショスタコーヴィチがお好きであるという。とりわけ弦楽四重奏の15番やヴァイオリン・ソナタ、ヴィオラ・ソナタがお好きでらっしゃるという。しかも前奏曲とフーガ全曲を日本人として初めて録音されたのだそうで、これはもう完全に私の好みと一致してしまっている変態、いや、素晴らしい感性をお持ちの方なので、すっかり話がはずんでしまいました。

そういえば、この春には三宅さんと荒井英治さんによるショスタコーヴィチのヴァイオリン・ソナタ他を聴いたのですが、演奏が音楽に解けこんでいくような素晴らしい演奏で、なんというか、久しぶりにショスタコーヴィチらしいショスタコーヴィチを聴いたような気がしたのでした(レコードも含めてです)。

そんな三宅さんがベートーヴェンを全曲演奏されるというのですから、これは聴き逃すわけにはまいりません。

ベートーヴェンというのは、戦後の日本でもっとも聴かれてきた作曲家であろうと思うのですが、経済成長が怪しくなりはじめた頃から、マーラーだブルックナーだショスタコーヴィチだと言われはじめ、ベートーヴェンのような前向きで力強い音楽というものが、やや飽きられたというか、多様性の波にのまれてしまったような状況なのではないかと思います。

しかし、ずいぶんと音楽のつまみ食いをしてきた現在の私にとっても、最後の最後にたどり着く作曲家は(もちろんシェーンベルクであるとかショスタコーヴィチが好きであることには変わりはないのですが)バッハかベートーヴェンではないかと感じてしまうのです。特に私の好きなベートーヴェン後期の作品は、幾度となく聴いても常に新たな発見があり、すべてを内包し、ついに音楽の真理に達したのではないかと思わせる一方、極めて個人的な感情にもつながっているように思うのです。

今回の演奏会は作品番号以前のものから、1、2、3番というプログラムでしたので、普段後期のソナタばかりを聴いている私は、気楽な気分で聴きに出かけたのですが、ベートーヴェンという作曲家の凄さというものを思い知る羽目となりました。

三宅さんの演奏を聴いていると、ときに「えっ、こんなフレーズがあったの?」と思ったり、「こんな仕掛けがあったのか」と気づく場面に出くわし、ベートーヴェンの革新性と天才はすでに初期の頃からあったことを、あらためて知ったのでした。甘さを廃した演奏は、ベートーヴェンの旋律の美しさを浮き立たせるに余りあるものでした。ベートーヴェンの旋律は、甘く流麗に弾いていても、それは結局表面を撫でているだけに過ぎず、決して彼の音楽の本質にはたどり着けないのではないかと思います。

本当は一飛びに後期のソナタが聴きたいのは山々なのですが、三宅さんのツィクルスを順を追って聴いていくうちに、次々と新たな発見に出会えそうな予感がしています。


ウェブページのスタイルシート化

ウェブ関係の勉強をちょっと怠けている間に、どうやら世間では、ウェブデザインにhtmlを使うのはもはや古く(というよりも使用を推奨しないらしい)、スタイルシートを使うのが主流らしいのです。今さらウェブ製作のもう一方の雄であるFlashを勉強するのも馬鹿々々しいですし、そもそもしがないレコード屋さんのウェブページにハリウッドさながらの演出は必要ないのではないかと思う今日この頃。

そこで、泥縄式にスタイルシートを勉強しながら少しづつCLASSICUSのページをスタイルシート化していたのですが、<p>や<br>、<table>などで埋め尽くされたソースをCSS化するのは、意外になほど手間がかかります。

また、以前はメニューを選択したときの文字の色の変更を、JavaScriptの画像の入れ替えで行っていたのですが、これもスタイルシートで実現できることが分かったため、かなり苦労しながらもスタイルシート化しました。

catalogページの画像の入れ替えは、スタイルシートよりもJavaScriptの方が良さそうでしたので、せっかくJavaならばと、これもにわか勉強したフェードイン・アウトを入れて、ちょっとFlash風にしてみました。

ついでに悪乗りして、linkページもマウスを乗せるとフェードインするようにしました。しかし、JavaScriptの構造上の問題なのか、フェード中に別のリンクへ移動すると、混乱してややこしい動きになります。もちろん関数は共用なのですが、別のルーチンとして動かないものなのでしょうか。回避方法をご存知の方がいらっしゃましたらご教示下さい。

かなり苦労してスタイルシートに移行しつつあるCLASSICUSページですが、(勉強も含めた)苦労の割には外観はほとんど変わっていないという、なんとも達成感の足りない作業となってしまいました。


ピエロ・リュネール

《月に憑かれたピエロ》。なんと想像力を湧き立たせる名前でしょう。レコードを選ぶとき、一丁前に「このジャケットで演奏の悪いはずがない」と宣ったりいたしますが、その体でいくなら「この題名で曲の悪いはずがない」です。

事実、そんな題名から入ったわたしも、いつの間にやら《ピエロ》からシェーンベルクへのめり込み、ベルク、ウェーベルンとお決まりの道筋を辿ったのでした。しかし、未だに《ピエロ》は格別好きな作品で、機会あらば聴くようにしているのです。

さて、その聴く機会が思いもかけぬ形で訪れました。桐朋音大の学生さんたちが学園祭で演奏するというのです。幸いご近所であることもあり、早速お邪魔してきました。

プログラムは、シェーンベルク論、作品解説、全訳詩と盛りだくさんで、天井にはプロジェクターで訳詩が投影されるという仕掛けもあり、この演奏への意気込みが大いに感じられました。

演奏について古今の名演と比べるのは意味のないことですが、プログラムの意気込みそのままに、作品に近づこうという気持ちの感じられた演奏でした。歌手の声の質も曲想に合っていたように思います。目を閉じて聴いているうちに、いつしか《ピエロ》の世界を垣間見ることができました。

このような難曲(技術の面だけにとどまらず)を学生さんが演奏するのですから、日本の音楽水準の高さには感心するばかりです。大胆な挑戦を果した学生諸氏に心からの拍手を送りたいと思います。


おわら風の盆

松本から足を延ばして、富山は八尾のおわら風の盆を見てきました。なんだかんだと今年でもう3年連続の訪問となってしまいました。

風の盆は、他の盆踊りとは少し趣きが異なっていて、おわら節というゆったりとした息の長い歌とともに、踊り手がゆっくりと進んでいきます。踊りもまた独特で、編笠を目深にかぶり、揃いの浴衣で踊る姿は、夏の盆踊りというよりは、静かな秋の風情を感じます。

風の盆の魅力はなんといってもその音ではないかと思います。楽器(地方)は三味線が中心なのですが、大きな特徴は胡弓が使われることで、夕闇に響く胡弓の哀愁を誘う音は、単調な旋律の繰り返しにも関わらず知らず知らず惹きつけられてしまいます。

ただ、この風の盆は古くからある狭い町で行われる上に、観光に訪れる人の数がとてつもなく多いため、7時頃から行われる正式な町流しは押すな押すなの大盛況となってしまい、あの哀愁を帯びた旋律をなかなか素直に味わうことができません。

そこで今年は思い切って、深夜1時頃に出かけ、数人の地方と踊りで練り歩く、夜流しを楽しむことにしました。写真のように深夜とはいえまだたくさんの人が居ますが、これが正式な町流しともなると、立すいの余地も無くなってしまいます。

古い町並みの残る諏訪町で、行きつ戻りつする夜流しを眺めていると、都会で溜め込んだ雑事、雑念などはすっかりどこかへ飛んでいってしまい、ゆったりと流れるおわら節にただ聴き入るばかりでした。


サイトウキネン・フェスティヴェル

柄にもなくご招待を受けて、サイトウキネン・フェスティヴァルでR.シュトラウスの《サロメ》を観てきました。

サイトウキネン・フェスティヴァルのチケットは、例年であれば小澤征爾が指揮をするため入手は困難を極めプラチナチケットと化しているのですが、今年は小澤の体調不良からオペラの指揮に代役が立てられたため(結局のところ、管弦楽コンサートでもわずかしか振らなかったようです)、ブロンズチケットかスチールチケットか、といった具合で、容易に入手できたようです。

あまりオペラは聴かない私ですが、近現代ものには好きなものも多く、R. シュトラウスは《サロメ》の他にも《エレクトラ》や《ばらの騎士》など、好きなオペラ作品の多い作曲家の一人です。

《サロメ》は言わずと知れたオスカー・ワイルド(とビアズリーの挿絵!)による、さまざまなスキャンダルをひき起こした戯曲で、その退廃的、背徳的な雰囲気は、後期ロマン派も極まったR.シュトラウスによって、実に官能的に音楽となっています。ワイルドもR.シュトラウスも、時代の求めた芸術家であったのでしょう。

さて、演奏については私は評論家でもありませんのであれこれと言うことはできませんが、舞台はなかなか面白く、最後まで見ごたえがありました。歌手もその実力のほどは分かりませんが、音楽と戯曲の世界へ溶け込んでいて、ちょっと油断すると《サロメ》の世界へ惹き込まれてしまいそうでした。しかし、なんと恐ろしい話でしょう。私にとっては、下手なホラー映画などよりはるかに恐ろしく猟奇的です。

それにしても、まさか生きている間に《サロメ》を演奏会で観ることができるとは思ってもみませんでした。世界を見渡せば少し流行ってはいるようですが、それでも日本で舞台に掛けるには勇気のいる作品です。小澤征爾についてはいろいろと意見もあるのでしょうが、このような作品(以前にはプーランクやブリテン、ヤナーチェクなどが上演されており、来年はなんとバルトークの《青髭公の城》です)を舞台で観られるフェスティヴェルというものは、いろいろと困難もあるのでしょうが、ぜひとも続けていって欲しいものです。

松本へ行くといつも立ち寄らせていただく「レストラン鯛萬」。木組みの高い天井が美しいメインホールで早めの夕食をいただきました。

 


HDDのダウンサイジング引越しの巻 その3

何を今さらの更新です。

恐るべき事実、それは私の購入したハードディスクはとんでもなく遅いシロモノだったということです。
購入した2TBのHDDはWestern Digital社のWD20EARSというものだったのですが、どうやらこのHDDにはAdvanced Format Technologyなるテクノロジーが使われていて(詳しくはこちら)、XP以前のWindowsで使う時には、専用のアプリケーションで最適化しないと極端に遅くなるらしいのです(それ以外にもトラブルは多いそうですが)。

つまりあの極端に遅い原因はこれだったようなのです。SSDのWindowsも安定しているので、問題のHDDのパーティションを再度切りなおして専用アプリケーションWD Alignで処理をしてみます。早速CrystalDiskMarkでベンチマークテストをしてみますが、結果は、古い7200rpmHDDなんか足元にも及ばないような速い数字が出てきました。

この一週間の努力と苦労はいったいなんだったんだろうか……。とはいえ、SSDのベンチマークはWDのHDDの3倍速くらい出ていますので、不必要な速さを楽しむことにしますか。やれやれ。

あまり参考になさる方はいらっしゃらないでしょうけど、ダウンサイジング引越しの手順を書いておきます。

  1. Partition Masterなどを使って、コピー元HDDのパーティションサイズをコピー先HDDのサイズより小さくする。
  2. コピー元HDDにシステム以外のパーティションがある場合は、バックアップなどを取って削除する。
  3. Partition Masterなどでコピー元HDDのパーティションをコピー先HDDへコピーする。
  4. Disk Geniusで、コピー元HDDからBackup Partition Tableを行い、適当なファイルへ保存する。
  5. 4.で保存したファイルを使って、コピー先HDDへRestore Partition Tableを行う。
  6. うまく起動しなかったらRebuild Master Boot Recordを実行してみる。

こうやって書いてみると、苦労した割には実に単純でがっかりしてしまいます。今回得た教訓は、システムドライブを調子にのってどんどん大きくしていくと、(時々)面倒なことになる、です。2TBのSSDなんて天文学的な値段になりそうですから。

来週からは爆速パソコンで仕事にいそしみます。いや本当に。


HDDのダウンサイジング引越しの巻 その2

SSDを買ってきたのはいいですが、引越し元のシステムディスク(Cドライブ)は2TBの半分の1TBですから(そのうち使用しているのは150GBほど)、データを整理しなければいけません。音楽データや画像など、頻繁に使わないファイルをDドライブへ移動することにして、ざっと150GBから80GBほどにスリムアップしました。あとは、このCドライブのパーティションを縮めて丸ごとSSDへ移せば完了です……しかし世の中それほど甘くはありませんでした。

Partition Masterでは、Windowsシステムのコピー(HDD引越し)はHDD丸ごとのコピーしか対応しておらず、Cドライブだけのパーティションコピーではシステムが移行できないのです。さりとて2TBのHDDを丸ごと128GBのSDDにコピーできるわけもなく……。有料の移行ソフトの中にはダウンサイジング引越しというものが可能なものもあるのかもしれませんが、おそらく一生に1度あるかないかというダウンサイジング引越しのためにお金を払うのも面白くないので、有料ソフトは最後の手段に取っておくことにします。

調べてみると、HDDの一番初めにはMBR(Master Boot Record)なるものが書き込まれていて、そこにHDDのパーティションの数やサイズが書き込まれているのだそうな。それならば、Partition MasterにRebuild MBRというメニューもあることだし、パーティションをコピーした後に何とかしてMBRをコピーすればどうにかなりそうではありませんか。

さっそく、縮めたCドライブパーティションをSDDへコピーして、Rebuild MBRを実行しますが、起動せず。そうそう簡単には行かないようです。調べを進めると、Windows XPにはMBRの修復コマンドがある他、WindowsをCDから起動して修復インストールするという手もあるそうなので早速実行してみました。しかし、SSD自体を認識していないようで上手くいきませんでした(何かするごとに、Rebuild MBRもしてみましたが変化なし)。

とにもかくにもMBRさえコピーできれば何とかなりそう、という根拠の薄い自信に基づいて調べを進めると、こんなコアなページも見つけました。しかしこのような方法も相当にややこしそうなので、最後から2番目の手段にしておきます。

そして見つけたのが、Disk GeniusのBackup/Restore Partition Table機能でした。さっそくHDDのパーティションテーブルをバックアップして、SSDにレストアしてみます。途中いくつかエラーメッセージが出てきましたが、そこは目をつぶります。起動してみると、今までなら止まっていたマザーボードのスタートアップ画面を通り過ぎてWindowsのロゴ画面まで進みました。遂に……と思ったら、そこでコンピューターがシャットダウン、再起動を繰り返してしまいます。しかし少しは前進したというものです。

沈思黙考すること数分。閃きました。HDDには100GBに縮めたCドライブのパーティションの他にDドライブとして使っていた1TBのパーティションもあり、MBRには当然こちらのパーティション情報も書き込まれているはずです。このDドライブのパーティションを削除すれば、HDDのMBRからDドライブのパーティション情報が削除され、Cドライブだけのパーティション情報が書き込まれるはずです。そうすれば、同じ1つのパーティションのSSDとほぼ同じ構成となるはずです。

イライラしながらDドライブをフルバックアップしてから、そのパーティションを削除、再起動、HDDからBackup Partition Table、SSDにRestore Partition Tableと進めていきます。心なしかレストア時のエラーメッセージも少ないようです。

結果からいうと、これらの作業で無事SSDからの起動に成功しました。MBRエラーが原因ではないかと思われるちょっとした挙動不審はありましたが、数度の再起動によってWindowsが勝手に最適化してくれたようです。

しかし、これらの作業中恐るべき事実が発覚したのです。

つづく。


HDDのダウンサイジング引越しの巻 その1

今週は、どうにもこうにもパソコンに振り回された1週間でした。

そもそもの始まりは、手狭になった320GBのHDDを、価格の安くなった大容量2TBのHDDへ思い切って交換したことでした。近頃は素晴らしいフリーソフトが数多く出回っており、その中の一つEASEUS Partition Masterを使えば、データやアプリケーション、OSごと(というかディスク丸ごと)簡単に移行できるのです。

実にあっさりと無事移行できたのはいいのですが、いざ使ってみるとこれがどうにも遅いのです。アプリケーション一つ開くのにもHDDに長々とアクセスして、忘れた頃になってやっと起動するといったありさまです。さすがに仕事にも支障をきたすような遅さなので、HDDをAHCIモードにしたり、ページングファイルを別のドライブにしたり、レジストリを書き換えたりと色々な対策をほどこしたのですが、結果は多少早くなった程度で、とても満足できるようなものではありませんでした。特に、仕事の都合でAcrobatとPhotoshopを使うようになってからは怒りが爆発(というほどでもないですが)、根本的な対策として更なるHDDの交換を画策することにしました。

購入した2TBのHDDは回転数が5400rpmのもので、今まで使っていたものが7200rpmだったことから、その速度差が問題なのではないかと推理し、10000回転以上のものでも購入しようかと思いましたが、いっそのこと随分と価格のこなれてきたSSD(Solid State Drive。いわゆるフラッシュメモリによるHDD)を導入したら速いぞ、という悪魔の声が聞こえてきました。

しかしSSDも一筋縄ではいかないようで、最大の問題点としてその寿命が挙げられます(SSDの寿命)。しかし、あちこちのページを読み漁った結果、問題よりもメリットの方が大きいであろうという結論、というよりも願望に至り、いそいそと128GBのSSDを買いに走りました。

ここでHDDからSSDに乗り換えて「メデタシメデタシ」となるはずだったのですが、世の中そう甘くはありませんでした。どうやら世間では、HDD丸ごと引越しというものは、より大きなHDDへの移行しか想定していないようで、大きなHDDから小さなHDD/SDDへのダウンサイジング引越しというものが、これほど面倒なことだとは夢にも思はなかったのです。

つづく。


聖トマス教会(ライプツィヒ) [News写真2005年1月]

ドレスデンから電車で1時間ほどのところに、ゲーテが学び、バッハの活躍した町、ライプツィヒがあります。ライプツィヒに向かうべく夕方にドレスデン駅に着いたまさにその時、ライプツィヒ方面行き電車が出発するところで、チケットを買う間もなく飛び乗りました。

ライプツィヒは、見本市が行われるなど旧東ドイツの都市の中では比較的大きな町なのですが、旧市街は意外に小ぢんまりしており、有名なゲヴァントハウスは旧市街の少し外側にあります(外側にあって良かったというデザインですが…)。

その旧市街の入り組んだ道の中ほどに、かつてバッハもカントールをつとめたという聖トマス教会があります。教会の前の小さな広場には、バッハの銅像があり、いやが上にもバッハとクラシック音楽の歴史を感じさせます。

ルター派の教会らしく外観は質素な造りですが、内部の白い天井には装飾とともに網目のように赤いアーチが入り組み、荘厳というよりは意外なほど明るい雰囲気を漂わせています。この時は、(ギュンター・ラミンのジャケット写真に写っている)合唱団の並ぶ2階のオルガン付近が工事中で幕に覆われていたのが、トマス教会合唱団の愛好家としては少し残念でした。

曇り空だったこともあって教会の内部はほの暗かったのですが、写真に写っている内陣付近は、ステンドグラス越しに差し込むやわらかな光と照明に美しく照らしだされていました。

一通り教会を見て回ったあとは、バッハもシューマンもゲーテも通ったというヨーロッパ最古のカフェ、「カフェ・バウム」で一服するのが正しい観光客といえましょう。