争いなど芸術の前では

一時は話題の中心だったウクライナ問題も、ここ最近はすっかり鳴りを潜め、巷間ウクライナ疲れなどとも言われています。ロシア・ピアニズムに心酔し、ロシア芸術を愛するものとしてはなんとも複雑な胸中ではありますが、現在のロシア政府が極めて不法かつ非人道的な行為によって侵略を行っているという事実は、時が過ぎても薄らぐことはありえません。

とはいえ、ウクライナに対して形となるほどの支援をする甲斐性も持ち合わせないのですが、せめて気持ちだけは反戦、反侵略者、反独裁者でありたい、という思いでレコードに針を落としています。

シェーンベルク 《ナポレオン・ボナパルトへの頌歌》,弦楽三重奏曲エレン・アドラー(reciter) ルネ・レイボヴィッツ(cond) ヴィレ...

《ナポレオン・ボナパルトへの頌歌(Ode to Napoleon Buonaparte)》は、第二次世界大戦が転機を迎えつつあった1942年、シェーンベルクがバイロンの檄詩へ作曲したものです。

若きバイロンは、自由と平等を掲げて王政を打ち破ったナポレオンが、事もなげに皇帝へと即位し、実のところただの覇権主義者の俗物であったことへの幻滅と怒りを、激しい詩へと表しました。ここで言う「頌歌」は、もちろん讃えるものではなく辛辣なアイロニーです。ナポレオンへの幻滅という意味では、ベートーヴェンの《英雄交響曲》も有名です。

シェーンベルクはその内容を、政権を簒奪し独裁国家を作り上げたヒトラーになぞらえ、見事な効果のシュプレヒシュティンメを用いてバイロンの詩に相応しい激烈な音楽を作曲します。シェーンベルクは「この曲が、今度の戦争によって人類の中に目ざめた罪悪への苛立ちを無視してはならない」と作曲の動機を述べていますが、この苛立ちはまさに現在へと繋がっています。

この曲の演奏では、ジョン・ホートンとグレン・グールド、ジュリアード四重奏団による素晴らしい録音が知られていますが、余りにも見事に設計され、演奏されているため、美しすぎる音楽となっている嫌いがあります。それほど多くはない録音から私が最もバイロン卿とシェーンベルクの心情を表していると感じるのは、このDial盤です。エレン・アドラーの女声による朗唱が色を添えます。

コーリッシュ率いるプロ・アルテ四重奏団他による、Dial盤と同時期のライブ録音CDも緊張の漲る素晴らしい演奏ですが、音はお世辞にも良いとは言えないものでした。

F. ジェフスキ 《不屈の民》の主題による変奏曲ウルスラ・オッペンス(pf)茶-模様,ステレオ作曲家監修による録音,海外盤では唯一のレコード...

現在ヨーロッパなどでは、ウクライナへの共感を表す曲としてジェフスキーの《「不屈の民」による変奏曲》がしばしば演奏されているそうです。

この曲ははチリの革命歌「不屈の民」を主題とした長大かつ超絶技巧を要する曲ですが、主題が平明であることや口笛を使うなどユーモラスな面があり、現代音楽としては異例の人気曲なのだそうです。

ジェフスキー自身は政治的思想を隠そうとせず、この曲に関してもチリの軍事クーデターに限ったことではなく、西洋文明へのアンチテーゼが織り込まれていると言われています。ジェフスキーにしては奇抜な部分の目立たない真っ当なピアノ変奏曲であることが、より一層曲に対する思い入れの強さを感じさせます。

日本では高橋悠治による演奏で知られるようになりましたが、近年は作曲者以外にも多くのピアニストが演奏、録音しています。日本での公演や日本人ピアニストによる演奏も増えていて、私も数年前にイゴール・レヴィットによる演奏を聴きました。ユダヤ難民、人権活動家としても知られるレヴィットが演奏して間もなくに、このような出来事が起こったのは何か象徴的です。

なお、LPレコードは委嘱初演者ウルスラ・オッペンスによるものと、前述高橋悠治のものしかないと思います。

いずれの曲も、時の不条理に対する抗議の意思を強く感じさせるものですが、音楽として聴いていると、その芸術としての絶対的な美しさにすっかり気持ちを持っていかれてしまい、芸術というものは一体、思想というものとどのように連関し繋がっているのだろうか、あるいは絶対的な美といものは独立して屹立しうるものなのか、という問いすら浮かんできます。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」と言われますが、果たしてウクライナ問題はどのような終幕を迎えるのか。せめて人類に叡智というものが少しでも残っていることを期待したいのですが…。