スペインはサン・セバスティアンヘと来ています。サン・セバスティアンは、ピンチョスと呼ばれる小皿料理発祥の地で、地元のバルでは地元っ子から観光客まで、ピンチョスを肴に軽く一杯ひっかけるのが楽しみなのだそうです。
サン・セバスティアンはスペインとはいえ、バスクと呼ばれる独自の民族が住む地方で、自治権をめぐってさまざまな問題が起こっているところでもあります。また第二次世界大戦時、フランコ政権の要請によってドイツ軍に空爆されたバスクの町ゲルニカは、ピカソの巨大な絵によって余りにも有名です。
音楽に目を移しますと、スペインの著名な音楽家としては、作曲家のアルベニス、グラナドス、ファリャや、チェリストのパブロ・カザルスの名前などが挙げられます。しかし、バスクを代表する音楽家といえば、モーリス・ラヴェルを挙げないわけにはいかないでしょう。もちろんラヴェルはフランスの作曲家ではありますが、フランス領バスク地方の出身であり母親はバスク人であったといいます。
ラヴェルはその作曲においては古典的であり、コスモポリタン的であったといえますが、その実、民族的なルーツというものを十二分に意識していたとも言われています。アメリカの作曲家、ガーシュインがラヴェルに弟子入りを願い出た時「あなたは一流のガーシュインであって、二流のラヴェルになる必要はありません」と言った話は有名で、むしろジャズのイディオムを自身の作曲に積極的に用いてすらいます。
そのラヴェルの最も有名な曲が《ボレロ》であることは、言うを侯たないでしょう。極めて単純な構成を持つこの曲は、しかし最もスペイン的、あるいはバスク的といってよい憂愁を湛えた旋律によって組み立てられています。単純に繰り返される2つの主題は、ストラヴィンスキーが「スイスの精密時計のようだ」と呼んだ精緻な管弦楽法によって展開されていきます。音楽の最も基本的な要素、リズムと旋律によって綾織のように《ボレロ》という曲が織りあわされゆくさまは、何度聴いても決して飽きるということがありません。
《ボレロ》の他、多くの有名なピアノ曲──《亡き王女のためのパヴァーヌ》《夜のガスパール》など──や《弦楽四重奏曲》《ピアノ三重奏曲》など、全音階的で魅惑的な旋律を数多く生み出し、通俗的とすら見られることのあるラヴェルですが、その音楽の奥底には理解しがたい不可思議さが潜んでいます。
実のところ、ラヴェルの本質は《ヴァイオリンとチェロのためのソナタ》のような一見難解な旋律にあったのではないかと感じるのは一人私だけでしょうか。第一楽章の研ぎ澄まされ、一切の無駄がそぎ落とされたかのような主題は、どこか遠くバスクの旋律をこだまさせているように聴こえるのです。