日本、あるいは世界で最も有名なベートーヴェンの第九交響曲の録音は、通称「バイロイトの第九」と呼ばれるフルトヴェングラー指揮のものであることは言うを俟たないでしょう。
最近この「バイロイトの第九」の別の録音(テイク)
これまでにも「バイロイトの第九」は、有名な足音や不自然なノイズ、テンポなど、編集によって手が加えられた形跡があると言われてきたのですが、新たにこの録音が発見、発売されたことによってそれが裏付けられる結果となりました。このCDについては朝日新聞などにも取り上げられ、概ね意義深い録音として紹介されています。
ともすればこの度発売されたCD(以後、新CD)
第ーに新CDは、放送用あるいは記録のために録音されたものですが、旧LPは、レコードとして発売するための音源であるということです。
ここで問題となるのは、レコードとして発売される音源で無編集というものは極めて少ないということです。ましてやHMVのような大レーベルでは皆無といってよいでしょう。すなわち、レコードとして発売された音源は、無編集であることを期待できないことはもちろん、編集したものの方がより完成度が高いとも言えるのです。
第二に、新CD、旧LP共に、フルトヴェングラーが承認した音源ではないことです。
これはある意味で重要な問題です。フルトヴェングラーが承認していないということは、これら2つの録音は「フルトヴェングラーの演奏」ではあるけれども「フルトヴェングラーのレコード」ではないということに他なりません。
旧LPについては、このような伝聞もあります。HMVのプロデューサーであるワルター・レッゲが「バイロイトの第九」の編集を済ませ、フルトヴェングラーもそのテープのプレイバックを聴いたものの、録音が良くなかったせいもあり、いずれまた新たな録音を行う予定でお蔵入りにしたのだそうです。しかし、1954年にフルトヴェングラーが急逝してしまったため、やむを得ず発売したのだというのです。
もしこのとき発売を取りやめた理由が録音の質だけであるのなら、編集された演奏そのものはフルトヴェングラーの承認を得ているとも考えられますが、こればかりは真相を知る術が我々には残されていません。
いずれまた俎上に乗せたい話題でもあるのですが、私は演奏者の承認というものは、レコードの最も重要な要素の一つであると考えています。レコード録音というものは演奏者やエンジニア、プロデューサーなど多く人によって創りあげていかれるものですが、演奏者の演奏なくしてレコー
ドは存在し得ないからです。
ミュージックバードさんには、この新旧の「バイロイトの第九」を通して、新旧の存在の意義や編集の是非などの問題点について、聴き比べながら検討するような番組を期待したいところです。