【Music Bird】ヨーロッパ音楽事情

 仕事でヨーロッパヘ来ているため、この文はオランダのユトレヒトで書いています。ユトレヒトはライデンと共に大学都市として知られ、歌劇場や常設オーケストラこそありませんが、オランダの都市の中でも文化的な雰囲気を持っている町のひとつです。せっかくの機会ですので、ヨーロッパの音楽事情を少しこ紹介したいと思います。

 ヨーロッパ(主に西欧)は当然ながらクラシック音楽の本場となるわけですが、これは見方を変えれば、クラシック音楽はヨーロッパの地方音楽であるとも言えます。そのヨーロッパでは、かなり小さな町にも教会が一つはあり、そこで毎週行われるミサではオルガンや合唱が使われることも多く、子供の頃から音楽に親しめる瑣境が整っています。大きな教会になると、週に一度や二度、無料のオルガンのコンサートが開かれ、大都市になると、ピアノや室内楽のコンサートも定期的に開かれています。

 このような状況を見ると──絵画や彫刻など多くの芸術がそうであるように──クラシック音楽もまた教会の中から派生してきたものだということが理解できます。しかし、ミサに参加する人々は年配の方が多く、どこの国でも教会の若者離れは進んでいるようです。これはCDやレコード店も同様で、クラシックよりはポップスやロックの方が幅を利かせていて、クラシック専門のお店ともなると、ヨーロッパでもかなり珍しい存在となってしまいます。

 とはいえクラシック音楽が廃れているという印象を感じるわけではありません。オランダだけを見ても、アムステルダムのコンセルトヘボウ管弦楽団、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団、デン・ハーグのレジデンティ管弦楽団と、世界的にも有名なオーケストラが3つあり、それに付随する合唱団や室内楽団、ソリスト達が活躍しています。

 たとえば、今やヴァイオリン界のボス的存在であるヘルマン・クレバースは、レジデンティ管弦楽団を経て、コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターを長年務めたヴァイオリニストであり、今や古楽器奏者として知らぬもののないアンナー・ビルスマも、若かりしころはコンセルトヘボウ管弦楽団のチェロ奏者でした。そして、そのコンセルトヘボウのホールでは、平日には毎日、無料の室内楽マチネー(昼興行)が行われ、若い奏者たちが腕を競っています。

 日本と比較することには無理がありますが、このような状況は国の広さや人口を考えると、非常にクラシック音楽に恵まれている状況だと言えるでしょう。これは、フランスやドイツでも大きな違いは無いと考えていただいてよいと思います。

 ミュージックバードさんとも関係浅からぬラジオはというと、日本とは違いヨーロッパではFMラジオの周波数が非常に多く使われています。オランダはそれほどでもありませんが、ドイツやフランスの大都市周辺では、2MHzごとにラジオ局が入っていたりします。ここでも流れているのはポピュラー音楽がほとんどですが(一部に教育番組やトーク番組などもありますが)驚くのは、必ず一日中クラシック音楽を流す放送局が一つはあることです。

 オランダではRadio Netherlands 4、ドイツでは、管弦楽団を持っていることで有名な南西ドイツ放送(Sudwestfunk)や北ドイツ放送(Norddeutscherundfunk)、ベルリン放送(Berlin Rundfunk)、フランスではRadio Classiqueなどがあります。

 これらの放送局は既製の音源を放送することも多いのですが、聴いていて面白いのは現地の演奏家やオーケストラの演奏会録音の放送や、演奏家へのインタビュ一番組、特集ものなどです。たとえば数日前のRadio Netherlands 4では朝からワグナーやプッチーニの歌劇ばかりを流していたので、よくよく聴いてみると、どうやら名ワグナー歌手、アストリッド・ヴァルナイが亡くなり、その追悼の番組のようでした。また「ロシアのピアニストのようでもあるけど変わったピアノだなあ」と思って聴いていると、懐かしの演奏家、イヴァン・モラヴェッツが、チェコのチェスキー・クロムロフ音楽祭で演奏した実況録音であったりと、なかなか多士済々です。

 このようなことを現地で体験していますと、300年以上に渡って培われてきたクラシック音楽は、今でもこの地に着実に根を下ろしていることが実感できます。

〔Music Bird プログラムガイド 2006年10月 掲載〕