RCA 17cm EP盤の楽しみ

17cm盤コレクションというと、Ducretet-ThomsonだとかChant du Mondeを思い浮かべる不純な向きもあろうかとは思いますが、ここでご紹介するのはコレクターズアイテムとは言い難いアメリカRCAの17cmEP盤です。

LP黎明期のRCA Victor(以後RCA)は、30cmや25cmの33回転盤、いわゆるLP盤と同時に、同じタイトルを45回転EP盤の箱物セットでも発売していた時期がありました。1枚のLPで聴けるものを、わざわざ複数枚のEP盤を裏返しながら聴くという行為は一見馬鹿げたことのようにも思えますが、そこには音質といった単純な問題のみならず、RCAのEP盤ならではの合理的、あるいは好事家的な理由が浮かび上がってきます。

1940年代末頃、ベータ対VHS戦争(この表現が既に陳腐化しているのが寂しい限りです)にも比すべき、LP対EP戦争があったことは今や余り知られていません。

アメリカColumbiaが記念すべき世界初のLP盤を発表したのは1948年6月のことです。後塵を拝すこと半年余り、1949年2月にRCAは45回転17cmのEP盤を発表しました。RCAがEP盤を採用した理由として、33回転盤よりも線速度を速く取れることによる音質の優位性(ただし17cmのEPでは、LPに比べて内周を使うため、その分線速度の有利は失われていたはずです)や、78回転SPとほぼ同じ時間を収録できることから、これまでSPに慣れ親しんできた音楽ファンが違和感なく移行できることなどが挙げらるでしょう。しかし、実のところ最も大きな理由はライバル会社であったColumbiaが発表した規格をそのまま踏襲することに少なからぬ心理的抵抗があったからではないでしょうか。

かくしてColumbia対RCAのLP対EP戦争が始まった訳ですが、1950年1月、RCAは早くも33回転LPを発売し、Columbiaもポピュラー音楽を中心にEP盤を充実させていくことによって、LP対EP戦争は意外にもあっさり収束へと向いました。RCAはその後もEP盤セットを発売し続けましたが、1950年代半ばにはその発売も行われなくなり、内心忸怩たるものはあったにせよ、結果的にRCAはColumbiaのLP規格に合流することになります。

歴史的な経緯はこれくらいとして、順を追ってRCA EP盤の底知れぬ魅力を探っていくとにしましょう。

1.音質優位性
前述の通り、33回転LP盤に比べ45回転盤の方が線速度が速い(が盤が小さい事においては不利)がゆえの高音質という考え方が一つあります。これは、体感しにくいこととはいえ異論のないところです。

ここで注目したいのが盤の材質の問題です。およそLPの初期プレスはビニールの材質、プレスの品質において余り褒められたものではない傾向があり、それはRCAのLM盤(LP盤)とて同様です。ところが、こと初期RCAのレッドビニル盤に限っていうと、サーフェスノイズも少なくプレスの品質においてもLP盤を上回っているように感じられます。プレスが良いということは、すなわち高音質である、と言うことです。日本のいわゆる「赤盤」の評判が悪かった事とは対称的です。

もう一つ音質に関わる問題が「またか」と言われてしまうであろうイコライザーカーブです。かねてよりRCAはLP(RCAカーブ)とEPでイコライザーカーブを変えていたのではないか、という説が囁かれていました。EP盤には、RCAが78回転SP末期のビニルプレス盤で用いていたイコライザーカーブをそのまま使っていたという資料もあるようです。これが事実とすると、LPとEPの音質の違いは容易に説明がつくのですが、それ以上に、極めて個性的なイコライジングカーブであるRCAカーブ(LP)に比べ他のイコライザーカーブに比較的近いEP用RCAカーブは、一般的な機器において再生が容易であった、という仮定も成り立ちます(この場合、音質についてはそれぞれ適正なイコライジングを施して評価する必要があるわけですが)。これらについては確実な資料に当たったわけではありませんので、引き続き調べていきたいところです。

2.LP未発売盤の存在
これは最もわかり易い理由です。かつては「CD化されていないからLPを買う」という決め台詞があったものですが、(今やありとあらゆるものがネットやYouTubeに転がっている状態ですから何をか言わんやですが)これと同じような論法がRCA EP盤にも成り立ちます。すなわち、EP盤で発売されていながら、LP(LM番号など)では発売されていなかったものが相当数あったのです。

有名なところでは、エルナ・ベルガーの『歌曲リサイタル』があります。エルナ・ベルガーはRCAにもう1枚『モーツァルト歌曲集』を残しており、こちらはLP(LM番号)でも発売されたのですが、『歌曲リサイタル』は78回転SP盤(DM番号)とEP盤(WDM番号)しか発売されませんでした。

ベルガーと同様のものに、ドイツの大ソプラノ、ロッテ・レーマン最後のスタジオ録音《ソング・リサイタル》やブラームスの《ジプシーの歌》などがある他、プリムローズの『サラサーテアーナ』も希少なEPのみ発売盤です。

ここで少し脱線して、合理的に考えられているRCAのレコード番号について書いてみます。1950年前後のRCAは78回転SP盤、LP盤、EP盤が併売されている状況でした。例えば後述するルービンシュタインのラフマニノフには、EPに〔WDM 1075〕、LPに〔LM 1005〕という番号が振られていたのですが、するとたとえSPの番号を知らなくても、SPの番号は〔DM 1075〕と分かる仕組みになっているのです。この伝統はステレオ期になっても続き、例えばミュンシュの《幻想交響曲》などはステレオ盤が〔LSC 1900〕であれば、モノラル盤は〔LM 1900〕であることが、立ちどころに知れるのです。もちろん幾分かの例外が存在するのは、他の多くの規則と同様のことです。

3.ボーナス曲の存在
これは、前項とも重なる部分でもありますが、EP盤の最後の面に空きが出来たときなど、EP片面に収まる曲が、まるでボーナストラックのように収録されていることがあります。これは78回転SP盤の伝統を引き継いだもので、後述しますがそのほとんどはSP盤と全く同じ面割りで収録されています。面白いことに、LP(LM番号)盤には、これらEP1面分の曲が収録されないことが多いため、さながらEP盤のためのボーナス曲のようになっているのです。また、これらの曲はEPのみでしか聴くことができないものも多く、コレクター心をくすぐらずにはおきません。

身近な例えで申し訳ありませんが、このルービンシュタインのラフマニノフでは、最後の面に少し場違いなショパンの即興曲が収められています。パガニーニ四重奏団のベートーヴェンなどにも、最終面に小粋な楽章が収録されているものがあります。

ここで一寸注意が必要なのは、イトゥルビの『リサイタル』のようにEP盤には収録されていなかったものがLP盤に収録されていることがままあることです。これはこれで、ますますコレクター心をくすぐる話ではありますが。

4.面割りの秘密
これも前に少し触れていますが、RCAのEP盤の建前は78回転SP盤と同じような感覚でマイクログルーブ(LP規格の溝)盤を楽しめることでした。そこで、いくつかの盤を調べてみますと、特に初期のEP盤のほとんどは、同時、あるいはEP以前に発売されていたSP盤の1面と完全に対称となるように収録されていることが分かります。

ここでハイフェッツのチャイコフスキーを俎上にあげてみましょう。この1950年のイギリスHMV録音は、イギリスで4枚組8面のSP〔DB 21228-31〕として発売されました。LP時代になり、イギリスではこの録音を25cm盤LPで発売しましたが、当時提携関係にあったアメリカRCAでは、LPと同時にHMVのSP盤と全く同じ面割の4枚組EP〔WDM 1442〕としても発売しました。

この「SP盤と同じ面割り」がなぜ重要かというと、当時すでにテープ録音を行っていたはずのHMVが、この録音を楽章ごとではなく、面ごとに演奏を止めて録音していたからです。これはテープ録音以前に長い曲をSP録音する際の手法です。

面ごとの録音では、区切りとなる部分で演奏の余韻や残響を残した状態で中断することになり、演奏家によってはリタルダント(テンポを徐々に落とす)を掛けたり、次の1音を弾いてから終えたりもしていました。このような録音をLP化する場合、継ぎ目となる残響や余計な1音などは編集で削られてしまうことになります。つまりLPで聴くこのハイフェッツの演奏は、僅かではあるものの本来の録音から欠落したものを聴いていることになるのです。逆に考えれば、RCAのEP盤では(実に重箱の隅的なレベルではありますが)、この録音を隅なく味わうことができるという寸法です。

なぜテープ録音にも関わらず「面ごと収録」を行ったのかは詳らかではありませんが、後の編集の手間よりも演奏を止めてしまった方が手っ取り早かったのか、あるいはSP時代から録音を続けていた演奏家にとっては、この方法の方が録音し易かったのかもしれません。

蛇足となりますが、このハイフェッツ盤は、フランスでもEP盤セット〔A 95205-6〕として発売されましたが、やんぬるかな、こちらはEP2枚に詰め込んでしまったため、せっかくのEP盤でありながら欠落部分が生じてしまっています。

ハイフェッツの例にとどまらず、パガニーニ四重奏団やルービンシュタインなど多くの演奏がテープ録音にも関わらず面ごと収録をしていたと推測(ほぼ確定)されます。また、クーセヴィツキーやトスカニーニなど、かつてのSP盤の復刻においても演奏を編集で繋げることなく、SP同様の面ごとに聴くことができるのはある意味で有り難いことです。

5.プレーヤーの楽しみ
この考察は、順を追うごとに偏執的となっていきますが、ついには音楽鑑賞を超越してプレーヤーを眺める楽しみにまで至ってしまいました。

RCAはEP盤セットを発売すると同時に、EP盤専用のオートチェンジャー(自動再生)プレーヤー〔Victorola 45-EY〕を発売しました。これがEP盤専用の小じんまりとしていてかわいいなりをしているのですが、太いスピンドルの上部にEP盤を重ねてセットして再生すると、1枚の再生が終わるごとに自動的に次の盤を落としてはまた再生するという、実に良くできたメカニズムを隠し持っています。すべての再生が終わると、盤をまとめて裏返してセットし直せば、残りの面が再び自動で再生されるため、人の手を煩わすのはLP盤と同じく1度だけで済むという訳です。

この動きを眺めていると、音楽すら忘れて見入ってしまうほどに良くできたメカニズムです。しかも初期のモデルには真空管アンプが内蔵されていたため、オーディオマニアが楽しむ余地も十二分に与えられています。

YouTubeなどには実働映像が色々とありますので「百聞は一見にしかず」、ご覧になってみて下さい。ただし、万が一にもこれを購入する羽目になりますと、もはや病膏肓、抜き差しならぬマニア道を邁進することになってしまうことでしょう。

RCA EP盤の世界は、斯くも楽しく、また恐ろしき世界なのです。

RCA Victrola 45-EY-2