音楽を聴いていていつも不思議に思うのは、音楽とは一体何であるのということです。哲学のように、どこから来てどこへ行くのか、と難しく考えるのは面倒なのですが、時折、音楽とは一体自分にとって何なのかと考えてしまうのです。
先日テレビで、スイトナーという指揮者のドキュメントを放送していたのですが、これがまことに興味深いというか人と音楽について考えさせられるドキュメントでした。
オットマル・スイトナーはNHK交響楽団に客演したり、手兵ベルリン・シュターツカペレを率いてたびたび来日していたことから日本では馴染みの深い指揮者です。私も何度かその演奏会に足を運んだものです。
しかしスイトナーは、ベルリンの壁崩壊とともに東西ドイツが合併した頃、突如として表舞台から姿を消したため、当時は重病説や政治的な問題などさまざまな憶測が流れました(実際に当時の東ドイツでは、社会主義崩壊を悲観してピストル自殺を遂げた指揮者もいたのです)
このドキュメントはスイトナーの息子イゴールによって製作されたものですが、ドキュメントの中でそのイゴールは実は西ベルリンに住んでいたスイトナーの愛人の息子であり、東側には正妻もいたことなどが明らかにされていきます。愛人レナーテとの出会いの場所バイロイト、教鞭を取ったウィーン音楽大学、生まれ故郷インスブルック近郊の小村などを訪れる姿などが淡々と描かれていきます。
スイトナーは事あることに「私は年を取った」と息子に言いますが、息子の弾くバッハの前奏曲に意見を述べたり、モーツァルトのKV 543をまだ暗譜していると言う姿を見ていると、引退して20年余り、常に音楽の中に生きてきたように感じられました。
ドキュメントの最後には息子の願いを聞きいれて、ベルリン・シュターツカペレと共にモーツァルトのKV 543と J・シュトラウスの《とんぼ》を演奏します。モーツァルトはスイトナー十八番の曲ですが、最も好きな曲として《とんぼ》を挙げたのには少なかず驚きました。
東ドイツでの困難なポストを長らく務め、バイロイトや日本、ウィーンなど各地で名声を得、不本意ながらその地位を辞して老境に達した音楽家が、なぜ──我々が暗に期待するような──バッハやベートーヴェンではなく、J・シュトラウスのそれも小曲を選んだのでしょうか。
「人の気持ちを明るくさせる曲だ……とんぼが飛んで行く姿を音楽で表現するのは難しい……この曲を演奏すると指揮者もオーケストラも観客も幸せな気持ちになれる……」と《とんぼ》について語る言葉の中には、私には到底知りえない「音楽とは何であるのか」という問いの答えが含まれているのかもしれません。