【Music Bird】ハチャトゥリアンと仮面舞踏会のワルツ

今最も話題となっているクラシック曲の一つは、フィギアスケートの浅田真央さんのプログラムで使われているハチャトゥリアンの《仮面舞踏会》のワルツでしょう。ハチャトゥリアンは、バレエ曲《ガヤネー》中の生命力溢れる舞曲「剣の舞」によって最も世に知られた作曲家で、ロシアのある評論家は「もしハチャトゥリアンが、このメロディーただひとつを書いたとしても、著名な作曲家になったに違いない」と述べているほどです。

ところで、私が「仮面舞踏会」のワルツ知ることになったのは、もう随分と昔のことになりますが、およそ次のようなハチャトゥリアンの紹介文を読んだのがきっかけでした。「ハチャトリアンを《剣の舞》だけの作曲家と考えてはいけない。《仮面舞踏会》のワルツを聴いてみたまえ。憂いを帯びた忘れられぬ円舞の旋律は、瞬く間にあなたを舞踏会の只中へと運ぶだろう」。

誰が、どこに書いたものだったかも定かでなく(あるいは、ロマン・ロランの文章であったかもしれません)、内容もうろ覚えながら、この名文によって私の《仮面舞踏会》への興味は大いに掻き立てられたのでした。

とはいえ、当時この曲のレコードを探すのは容易ではなく、初めて手にしたのはサモスードという指揮者によるソ連製レコードであったと記憶しています(コンドラシンの推進力に充ちた名録音が容易に入手できると知ったのは後のことでした)。胸の高嗚りを抑えながら聴いたワルツは、まさにあの文章の通り、豪華絢爛たる仮面舞踏会を眼前に見る思いがして、すっかりこの曲の魅力にとり憑かれてしまいました。

その後年月を経てこのような生業となるに至って、《剣の舞》やヴァイオリン協奏曲などの有名曲に飽き足らなくなってきたハチャトゥリアン愛好家の方々を見つけてはこのワルツを紹介するのが、私の密やかな楽しみとなっていたのです。

そのような曲が、なんと白昼堂々(夜でしたが)何十万もの人々の見るテレビで放送されていようとは……。隠れた名曲が世に知られる嬉しさと、隠してきた秘密を知られてしまったような残念さの入り混じった複雑な思いで、半ば呆然と浅田真央さんの目の覚めるような美しい演技に見入ったのでした。

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残念ながらハチャトゥリアンは、その分かりやすさ故にいわゆる高尚な作曲家──すなわち堅物のクラシック愛好家が傾聴すべき作曲家とは見なされないことが多いようです。そのような方々に私は次のように言いましょう。「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ・ファンタジア、あるいは交響曲第3番を聴いてみたまえ」と。

〔Music Bird プログラムガイド 2009年2月 掲載〕
写真:作曲者自作自演。指揮者の曲への思い、オーケストラの指揮者への尊敬が感じられる一枚。