【本の街】No. 3 ジャケットの効用?(II)

カッサンドル(A. M. Cassandre) は「ノルマンディー号」や「北方急行」などの、アール・デコ期を風靡したポスターの作者として知られていますが、1950年代中頃から60年頃にかけて、かつてポスターのデザインを手掛けたこともある、フランスのPathé-Marconi 社(Columbia およびLa Voix de Son Maitreレーベル)のジャケットデザインを手掛けていたことはあまり知られていません。

そのデザインは「初期LPデザインの常套手段だったイラストによるイメージやポートレート写真に頼ることなく、ひたすら文字のみによって音楽(あるいは演奏家)の個性を喚起させようとする果敢な精神がここにはある。」(『デザインの現場 増刊──12インチのギャラリー』より)という言葉に集約されていると言えましょう。

単純明解な文字構成を特徴として、タイポグラフィやカリグラフィよって提示されるデザインは、視覚的な効果を誇るだけではなく──いみじくもカッサンドル自身が語ったように──「詩的」なエモーションを想い起こさずにはおきません。

巷間カッサンドル・ジャケットと呼ばれる、カッサンドルの手になるデザインはゆうに100点を超え、なかにはジャケットだけを各国向けにデザインするといったような凝ったことまで行われていたようです。

これらの中から代表的なデザインを挙げれば枚挙に暇がありませんが、自らデザインしたペーニョ体を効果的に用いたジェラール・スゼーのラヴェル歌曲集(FALP 549)や、タイプフェイスの妙味を堪能できるオネゲルの《世界の叫び》(FCX 649)、演奏内容と相俟って高貴さを具象化したかのようなジョルジュ・エネスコによるベートーヴェンのクロイツェル・ソナタ(FC 1058)などが印象に残っています。

また、エクサン・プロヴァンス音楽祭におけるモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》の舞台装置(カッサンドルがデザイン)を思わせる、マルケヴィッチによるバッハの《音楽の捧げもの》(FCX 567)は、数少ない非タイポグラフィ的なデザインとして忘れ得ぬものの一つです。

〔本の街 2003年1月 掲載,ジャケットギャラリーより図版引用〕