Music Bird一覧

【Music Bird】正反対のアッチェレランド

音楽の楽譜を見ると、音の長さや高さを表す音符の他にもさまざまな記号、標語が用いられていることが分かります。

バッハの時代の楽譜は、最小限の音楽記号と音符やスラーなど、音程と音の長さだけを記録したようなものでしたが、時代を下るにつれ、さまざまな記号、標語が用いられるようになりました。これは、作曲家が意思をできるだけ忠実に演奏者に伝えたいという欲求と、楽譜によって音楽が一般に急速に普及したためにより細かな指示が必要になってきたという事情があったのではないかと思います。

これらの音楽標語は大きく分けると、クレシェンドやマルカートなど音の強弱を表すもの、アパッショナートやコン・ブリオ、工スプレッシーヴオなど表情感情を表すもの、レガート、マルカート、フェルマータなど演奏方法を指示するものなどに分けられます。

わたしのような音楽素人は、楽譜を読むとなると音の長さや音程を追うのが関の山ですが、実際に楽譜を読むという行為は、これらの記号や標語(あるいは音符でさえ)が何のために書き込まれているのか、作曲家は何故そこにその標語を用いたのか、ということを追求していくことであるといえるでしょう。

たとえばフェルマータという記号は延音記号と呼ばれその記号の付いた音を延ばすのですが、延ばす長さに決まりはなく、その長さは演奏者に委ねられます。この最も典型的な例が、ベートーヴェンの第5交響曲の「運命の動機」です。いわゆるジャジャジャジャーンのジャーンの部分にフェルマー夕が用いられているのです。

ただ音を長くしたいのであれば長い音符を書き込めば済むところをフェルマータにすることによって、後世にさまざまな議論を残すことになります。しかも1度目のジャーンと2度目のジャーンでは音符の長さそのものも違うほか、直後に置かれた休符にはフェルマータが書かれていないため、音符と休符、1度目と2度目をどのように、どれだけ伸ばすのかという問題は演奏家にとって悩みの種であると同時に自らの《運命》解釈を表明する場ともなっているのです。

もし、このような議論、さまざまな解釈を見越してこのフェルマー夕記号を用いたのであったとしたら──そしておそらくそうであったと思いますが──ベートーヴェンはまさに天オであったと言えます。

ところで、標語の一つに、テンポを次第に速くという意味を持つアッチェレランド──あるいはアッチェランド──というものがあります。この標語は楽譜に指示されていないことも多いのですが、華々しく終わる交響曲のコーダ(終結部)などで好んで用いられる演奏法です。先ほどの《運命》交響曲の3楽章から4楽章へとアタッカでなだれ込む部分などでもほとんどの指揮者がアッチェレランドをかけています。

このアッチェレランドで有名なのはやはり指揮者フルトヴェングラーでしょう。殊に有名なのが、「バイロイトの第九」のコーダにおける激しいアッチェレランドです。ここを聴きたいがためにあの長大な交響曲を聴くという人物を私は何人か知っています。

書いていて、これとは全く正反対のアッチェレランドを思い出しました。それはダリウス・ミヨーの《屋根の上の牡牛》です。この曲はブラジル大使となったポール・クローデルの鞄持ちとしてブラジルに渡ったミヨーが、カーニバルに触発されてその情景を描いたもので、ラテンのリズムに乗って同じ旋律が形を変えながら反復されていく様は、さながらラヴェルの《ボレロ》のようです。

むせ返るようなリズムの反復、カーニバルの陽気な祝祭、終わることのない乱痴気騒ぎは少しの静寂の後、元のお祭り騒ぎが戻ってきてアッチェレランドと共に終結を迎えます。第九の信大な勝利との余りの落差。同じアッチェレランドが全く異なる音楽に全く違った表情を与えるところに、少しのおかしさと音楽の奥深さを感じます。

〔Music Bird プログラムガイド 2009年3月 掲載〕
写真:作曲者自演による《屋根の上の牡牛》。コクトーによるジャケットが美しい。

【Music Bird】ハチャトゥリアンと仮面舞踏会のワルツ

今最も話題となっているクラシック曲の一つは、フィギアスケートの浅田真央さんのプログラムで使われているハチャトゥリアンの《仮面舞踏会》のワルツでしょう。ハチャトゥリアンは、バレエ曲《ガヤネー》中の生命力溢れる舞曲「剣の舞」によって最も世に知られた作曲家で、ロシアのある評論家は「もしハチャトゥリアンが、このメロディーただひとつを書いたとしても、著名な作曲家になったに違いない」と述べているほどです。

ところで、私が「仮面舞踏会」のワルツ知ることになったのは、もう随分と昔のことになりますが、およそ次のようなハチャトゥリアンの紹介文を読んだのがきっかけでした。「ハチャトリアンを《剣の舞》だけの作曲家と考えてはいけない。《仮面舞踏会》のワルツを聴いてみたまえ。憂いを帯びた忘れられぬ円舞の旋律は、瞬く間にあなたを舞踏会の只中へと運ぶだろう」。

誰が、どこに書いたものだったかも定かでなく(あるいは、ロマン・ロランの文章であったかもしれません)、内容もうろ覚えながら、この名文によって私の《仮面舞踏会》への興味は大いに掻き立てられたのでした。

とはいえ、当時この曲のレコードを探すのは容易ではなく、初めて手にしたのはサモスードという指揮者によるソ連製レコードであったと記憶しています(コンドラシンの推進力に充ちた名録音が容易に入手できると知ったのは後のことでした)。胸の高嗚りを抑えながら聴いたワルツは、まさにあの文章の通り、豪華絢爛たる仮面舞踏会を眼前に見る思いがして、すっかりこの曲の魅力にとり憑かれてしまいました。

その後年月を経てこのような生業となるに至って、《剣の舞》やヴァイオリン協奏曲などの有名曲に飽き足らなくなってきたハチャトゥリアン愛好家の方々を見つけてはこのワルツを紹介するのが、私の密やかな楽しみとなっていたのです。

そのような曲が、なんと白昼堂々(夜でしたが)何十万もの人々の見るテレビで放送されていようとは……。隠れた名曲が世に知られる嬉しさと、隠してきた秘密を知られてしまったような残念さの入り混じった複雑な思いで、半ば呆然と浅田真央さんの目の覚めるような美しい演技に見入ったのでした。

* * *

残念ながらハチャトゥリアンは、その分かりやすさ故にいわゆる高尚な作曲家──すなわち堅物のクラシック愛好家が傾聴すべき作曲家とは見なされないことが多いようです。そのような方々に私は次のように言いましょう。「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ・ファンタジア、あるいは交響曲第3番を聴いてみたまえ」と。

〔Music Bird プログラムガイド 2009年2月 掲載〕
写真:作曲者自作自演。指揮者の曲への思い、オーケストラの指揮者への尊敬が感じられる一枚。

【Music Bird】年の瀬の音楽

ここのところすっかり秋めいてきて、ふと気付くともう年末の足音が近づいてきてしまいました。

日本の年末の音楽というと、なにはおいてもベートーヴェンの《第九》となるのではないでしょうか。もちろん《第九》は稀有の名曲ですから、毎年のように聴くことができるのは喜ばしいことですが、「毎年」や「恒例」などと言われ、どこへ行っても「歓喜の主題」が聴こえてくるようになると、いささか食傷気味にもなってしまいます。

たしかに日本では、年越しや新年は祝うという雰囲気があるため、《第九》のような華々しい曲が似合うのですが、西洋、特にカトリックの国では新年の祝賀よりもクリスマスの比重がはるかに高く、クリスマスは家族で過こし、祈りを捧げて過こすため、華々しい曲が似つかわしくないという一面があります。

このような背景もあって、クラシック音楽にはクリスマスにまつわる名曲が数多く生み出されました。バッハの《クリスマス・オラトリオ》、ヘンデルの《メサイア》、コレルリの《クリスマス協奏曲》をはじめとして、ドビュッシーの《家なき子のクリスマス》やペンデレツキの《クリスマス交響曲》、変わったところでは、オルフの《クリスマス物語》など、数え上げれば枚挙に暇がありません。

これら「クリスマスの名曲」の中でも、私が毎年のように聴きまた感動を新たにする曲の一つに、オネゲルの《クリスマス・カンタータ》があります。

交響曲《典礼風》で用いた詩篇「深き淵より」の導入によって重苦しく進行するこの曲は、中間部になると突如光が差すようにして少年合唱による賛美歌が現れ、「聖しこの夜」やグローリアの独唱などと呼応しながら輝かしいクライマックスを迎えます。しかし、これらの栄光が一時の夢であったかのように曲は賛美歌の残響を伴いながら静かに閉じられます。ここには、交響曲第2番に見るような輝かしい未来や「典礼風」における確固たる歩みは感じられす、再び生まれでたところへ戻るべき時の来たオネゲルの偽らざる心情が映し出されているように感じられます。事実、この曲はオネゲルの絶筆、すなわち「白鳥の歌」となったのです。

作曲直後に行われたこの曲の初演は聴衆に、また演奏した者にも深い感動を呼び起こしたといいます。

毎年のクリスマス、年の瀬を前にしてこの曲を聴くと──それは決してキリスト教的理解ではないのでしょうけれど──少しばかり敬虔な気持ちが呼び覚まされるのです。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年12月 掲載〕

【Music Bird】音楽を聴くこと

このところ故あって年配のオーディオ屋氏とお付き合いさせていただく機会があり、思いもよらない刺激を受ける日々を過ごしています。

私は決してコンサートホールが嫌いなわけではなく、現役の演奏家を否定しているわけでもないのですが、50年も前の録音に喜びを見出す自分のようなアナクロ人間にとって、音楽鑑賞というとそのほとんどはレコードによるものとなってしまいます。

レコード鑑賞とは、すなわちオーディオ技術であり、電気信号の記録と再生ということになります。ある波形を電気的に記録し、それをまた電気的に再生する。たかだかこれだけのことに、なぜこれほどの差が現れるのか、オーディオとはつくづく不思議なものです。

我々のようなアナクロ人間は、ガラードやトーレンス、EMT(いずれも50年代に作られたプレーヤー・メーカー)といったビンテージ・プレーヤーを使うことに無常の喜びを感じてしまいます。これらのプレーヤーは、世界を席捲したわが日本の誇れるDDプレーヤー(ダイレクト・ドライブ・プレーヤー、巨大なモーターでターンテーブルを直接回す方式)と比べると、あらゆる数値──ワウフラッター、エスエヌ比……なんと非音楽的な響き!── がコンマ1桁、あるいはそれ以上に悪いだろうと思われる代物です。しかし、これらのプレーヤーから流れでてくる音の何と音楽的なことか。そしてDDプレーヤーの出す音の何と冷たく、寒々しく、音楽から程遠いことか。

性能は高いはずなのに、なぜこのようなことになってしまうのでしょうか。日本製のさまざまなレコード盤やレコード・プレーヤーと、外国製のそれとを聴き比べた経験から導き出される答えは「製作者が音楽を聴いていない」という一言に尽きます。

音楽を聴いていない? レコードやレコードプレーヤーを作るのに。そんなことがあり得るのでしょうか。たしかに製作者の方々は、作ったレコードやプレーヤーで「音」は聴いたかもしれませんが「音楽」は聴いていなかったのだ、と断言できます。もし音楽を聴いていて、なおあのようなものを作っていたのだとしたら、その製作者は自分の耳の悪さを呪うより他ありません。

音楽を聴いていない、あるいは聴いても分からないということになると、いきおい数値に頼るようになります。非音楽的な響きの数値と睨み合いをし、他のプレーヤーよりも良い数値が出たと喜んでしまうのです。しかも音楽は数値とは縁遠い場所で奏でられているのですから救いがありません。

ところで、これらの言葉はそのまま自分にもはね返ってきます。はたして自分は音楽を聴いているのか! 音楽家が音楽に、一音一音に込めた思いを感じとることができているのか! オーディオ屋氏との交流は、ときに惰性になりがちな「音楽を聴く」という行為を改めて考えさせてくれる得がたい機会でもあったのです。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年11月 掲載〕

【Music Bird】私的海賊盤考

レコードという媒体によって音が記録できるようになったときから、海賊盤というものが出回ることは、ある種の必然であったといえます。しかし、法律が余りにも複雑であったり、一度ならず入手してしまった経験があるためか、私としては避けるようにしている話題でもあります。

ーロに海賊盤といっても、正規の音源をコピーしたもの、演奏会を隠し録りしたもの、FM放送などを音源としたものから、複雑な著作権によって、結局どちらだか分からないグレーゾーンのものまで種々様々です。ただ、これらに共通して言えることは、少なくともこれらの音源の権利者(主には作曲家と演奏家)の権利を無視し、侵害しているということです。

コンピュータの発達によって、現在では全く音の劣化していないデジタルコピーを作ることが可能となり、実際巷には、海賊盤と思われるコピーCDが驚くほど多く出回っています。法治国家に籍を置く以上、これらの著作権を侵害した行為は厳に慎まれるべきであり、そのような行為に対して取締りや啓蒙活動が行われるべきであるのは言うまでもありません。

しかし、芸術作品と呼ばれるものと、このような(若干利権を感じさせる)法律による規制というものが、今ひとつ馴染まないように感じてしまうのもまた事実です。

バッハによるヴィヴァルディの編曲、モーツァルトによるバッハの編曲、ストラヴィンスキーによるペルゴレージの模倣、あるいはゴッホによる北斎の模写、アンディ•ウォーホルのキャンベル・スープやマリリン・モンローなど、今であれば著作権侵害ととられかねないことが、芸術の上では繰り返し行われています。

ところで、レコードコレクションの世界では時として面白い現象が起こります。それは、希少なLPの音源がCDなどによって復刻され、容易に聴けるようになると、それらによって演奏の真価を知った人々が、何倍、何十倍も高価なオリジナルのLPを探し求めるというものです。

この現象を逆説的に捉え、手元に置いておきたいと思わすにはいられない質の高いCDを制作すれば、そのコピー品あるいは海賊盤の価値は著しく損なわれ、逆に海賊盤によって演奏を知った人々が、質の高い正規盤を求めるのではないか、と考えるのはいささか楽天的に過ぎるでしょうか。

いずれにせよ、こと芸術に関しては、より良いものをつくる姿勢こそが何よりも重要なことであり、真に芸術的なものの前では、模造品はかけらほどの力すら持たないものである、と私は信じているのです。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年10月 掲載〕
写真:2人の大作曲家による著作権侵害!?作品

【Music Bird】ナイフの上の芸術

 何を今更と言われそうですが、知人にDVDを借りて『のだめカンタービレ』を立て続けに見てしまいました。細かいことを言い出せばいろいろと文句をつけることもできようというものですが、どのような形にせよ、クラシック音楽、あるいは芸術というものが日本でポピュラリティーを獲得していくのは決して悪いことではないと思います。

 たとえ芸術家というものが、一個の選ばれた特異な才能の持ち主だとしても、その才能を認め、支えていくためには文化的な背景が必要です。芸術家をピラミッドの頂点だとすると、文化的背景というピラミッドの底辺が広ければ広いほど、より高く、より多くの才能が生まれる可能性があるといえるでしょう(実際事はそれほど単純な話ではないのでしょうが)。

 しかし、この文化的背景というものは、芸術家を支えもすれば、逆に阻害もする複雑な存在です。若い芸術家にとって、少しでも将来性が見えてきたり評価が高まると、即座に「成功」という言葉と物質的な誘惑が現れ、時として目標を見失ってしまいます。一方、いかに才能があったとしても、物質面、あるいは精神面での支援がなければなかなか表舞台に立つこともできず、ついには才能そのものをすり減らしてしまうことでしょう。

 これが絵画であれば、ゴッホのように作品が残り、後世に評価されるという道も残されていますが、音楽家、特に演奏家は、オ能がありながら埋もれてしまった人を発見するというのは非常に困難です。録音が残されていなければならない上に、それが真の姿を伝えているかをどうかを判別するのは決して簡単な事ではないからです──それも録音が残せるようになったのはここ100年ほどのことなのです。

 このようにして考えると、若い音楽家あるいは芸術家にとって、その才能を開花させるために進んでいく道はまさに苦難の道であり、ナイフエッジのように切り立った一本道のようなものであるとすらいえます。名声や物質的誘惑によって道を見失わないようにする一方で、自らが活動する上で不可欠な物質的、精神的なものを、ある時は貪欲に、ある時は巧妙に手にしていかなければならないのです。

 20世紀に入って、経済活動や人々の移動が加速していく中で、このナイフエッジはますます鋭利に、高くなっているように感じられます。少しでもバランスを失って足を踏み外せば、芸術はその手の中からこぼれ落ち、芸術という名をまとった名人芸へと身をやつし、二度とその手に戻ってくることはないでしょう。

 『のだめカンタービレ』のような作品が、少しでも文化的背景を押し広げ、ナイフエッジを歩きやすくする役割を果してくれるのなら、それは興味深いことではないでしょうか。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年9月 掲載〕
写真:20世紀、最も巧みにナイフエッジを渡り歩いた巨人、ピカソの手紙。

【Music Bird】バスクにて

 スペインはサン・セバスティアンヘと来ています。サン・セバスティアンは、ピンチョスと呼ばれる小皿料理発祥の地で、地元のバルでは地元っ子から観光客まで、ピンチョスを肴に軽く一杯ひっかけるのが楽しみなのだそうです。

 サン・セバスティアンはスペインとはいえ、バスクと呼ばれる独自の民族が住む地方で、自治権をめぐってさまざまな問題が起こっているところでもあります。また第二次世界大戦時、フランコ政権の要請によってドイツ軍に空爆されたバスクの町ゲルニカは、ピカソの巨大な絵によって余りにも有名です。

 音楽に目を移しますと、スペインの著名な音楽家としては、作曲家のアルベニス、グラナドス、ファリャや、チェリストのパブロ・カザルスの名前などが挙げられます。しかし、バスクを代表する音楽家といえば、モーリス・ラヴェルを挙げないわけにはいかないでしょう。もちろんラヴェルはフランスの作曲家ではありますが、フランス領バスク地方の出身であり母親はバスク人であったといいます。

 ラヴェルはその作曲においては古典的であり、コスモポリタン的であったといえますが、その実、民族的なルーツというものを十二分に意識していたとも言われています。アメリカの作曲家、ガーシュインがラヴェルに弟子入りを願い出た時「あなたは一流のガーシュインであって、二流のラヴェルになる必要はありません」と言った話は有名で、むしろジャズのイディオムを自身の作曲に積極的に用いてすらいます。

 そのラヴェルの最も有名な曲が《ボレロ》であることは、言うを侯たないでしょう。極めて単純な構成を持つこの曲は、しかし最もスペイン的、あるいはバスク的といってよい憂愁を湛えた旋律によって組み立てられています。単純に繰り返される2つの主題は、ストラヴィンスキーが「スイスの精密時計のようだ」と呼んだ精緻な管弦楽法によって展開されていきます。音楽の最も基本的な要素、リズムと旋律によって綾織のように《ボレロ》という曲が織りあわされゆくさまは、何度聴いても決して飽きるということがありません。

 《ボレロ》の他、多くの有名なピアノ曲──《亡き王女のためのパヴァーヌ》《夜のガスパール》など──や《弦楽四重奏曲》《ピアノ三重奏曲》など、全音階的で魅惑的な旋律を数多く生み出し、通俗的とすら見られることのあるラヴェルですが、その音楽の奥底には理解しがたい不可思議さが潜んでいます。

 実のところ、ラヴェルの本質は《ヴァイオリンとチェロのためのソナタ》のような一見難解な旋律にあったのではないかと感じるのは一人私だけでしょうか。第一楽章の研ぎ澄まされ、一切の無駄がそぎ落とされたかのような主題は、どこか遠くバスクの旋律をこだまさせているように聴こえるのです。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年8月 掲載〕

【Music Bird】体験する音楽

 音楽を聴くために耳は不可欠なものです。演奏会などでは目から得られる情報によって音楽の印象が変わることはあるのでしょうが、耳から得られる音を聴かなければ、音楽を聴いているとは言えないでしょう。

 しかし、困ったことにその耳というものは実に不確定的なものです。空耳、聞き違いなどのほか、音楽を聴く上では、その時の体調や温度、湿度、雑音など周りの環境、目からの情報など様々なものによって影響を受けてしまいます。これらの影響は、せっかくの名演が台無しになってしまうこともあれば、また逆に、これらの外的要因によって、さながら魔法のように得も言われぬような音楽を経験することもできるのです。

 これは耳が感覚器官というデバイスに過ぎす、実際の音は脳(と全ての感覚)で聴いているからではないでしょうか。このような意味において「音楽を聴く」ということは、ただ耳が音を感知しているというような単純な問題ではなく、人としての一つの体験であると言えます。

 例えば、感銘深い本──シェークスピアあるいはドストエフスキーでも──を読む前と後とでは、同じレコード(演奏)を同じ環境で聴いたとしても、同じように聴こえることはないでしょう。もっと突き詰めれば、同じレコードを2度繰り返して聴いたとしても同じようには聴こえず、聴くたびに新たな発見が見つかるはずです。もし同じレコードを何度聴いても同一にしか聴こえないのであれば、その人は音を聴いているのであって、音楽を体験しているとは言い難いとすら言えます。

 しかし、そもそも全く同じ環境の中で昔楽を聴くということはあるはすのない仮定の話です。何しろ音楽を聴いている間にも人は少しづつ年老いているのですから。

 「音楽を聴く」ということ、美しい旋律や音色を愉しむということは、その音楽を体験することによって生じる自分の変化を楽しむこと、あるいは、音楽を聴くまでに自分が経験したことを音楽によって再発見することであり、演奏家や作曲家の体験を音楽として聴き、それを自分の体験として受容することなのではないでしょうか。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年6月 掲載〕
写真:オペラ・ガルニエのファサード彫刻で有名な、ジャン=バプティスト・カルポーの「貝を聴く漁師」をあしらった、デュクレテ=トムソン・レーベル。

【Music Bird】音楽の形式にみるドイツのロマン性

 音楽は音の芸術であると同時に形式の芸術でもあります。およそ音楽作品と呼ばれるもののほとんどは、何らかの形式に基づき、あるいは利用して作られています。この形式という概念は意外なことに他の芸術には余り見られません(この場合の形式は様式や技術などとは分けて考えています)。それは、芸術と形式というものが相容れないものであるという観念さえ抱かせるほどです。音楽以外のものでこの形式が見られるものには、文学における韻文や舞踊などが思い浮かびますが、いすれも音楽と密接に関係しているのも興味深いところです。

 なぜ詩や音楽が形式を必要としたのか、なぜ不自由な足枷をつけた表現を行わなければならなかったのか、より自由な表現によって芸術の可能性は大きく広がったのではないだろうか、という疑問が浮かんできます。

 私はその要因の一つがドイツのロマン的志向/ドイツ精神にあったのではないかと考えています。

 トーマス・マンの『ファウスト博土』では、芸術に対するドイツ人の暗いロマン的志向(感情)と理性との対立が描かれ、さらにその志向と第二次大戦との関わりにまで踏み込んでいます。より高みを求めたロマン的志向は、悪魔と契約を結び最後には自らを滅ぼしてしまいます。

 音楽における形式は、野放図に動き回ろうとする感情を、形式という枠の中に封じることによって、ロマン的感情よりも古典的な抑制を求めたことから生まれたと言えないでしょうか。バロック期にはフーガという枠が、古典期にはソナタという偉大な枠が生み出されています。ロマン派の時代になり、次第に人々の感情が自由に解き放たれるようになり、調性や和声の扱いが最も自由になったそのとき、シェーンベルクによって新たな枠が作られることになります。

 このようなロマン主義は、ロマン派音楽ばかりでなく多くの作品にその影を落としています。バッハの《フーガの技法》や、ベートーヴェンの作品111のソナタは、私にとっては究極のロマン主義音楽にすら思えるのです。その時代にはすでに古い技法となりつつあったフーガによって、バッハはゴシックを思わせる大伽藍を創造しますが、未完となった最後の四声のフーガにおいて、ロマン的感情がフーガという枠を超えようという瞬間に筆を置き、そこがフーガの終着点となったのです。フーガという枠はもはや枠としての役割を終え、機能和声という新たな枠がその役を引き継いだのです。

 『ファウスト博士』ではベートーヴェンの最後のソナタが次のように描かれています。

「ソナタは第二楽章で、あの途方もない第二楽章で終わりを告げた。〔……〕そして私が《ソナタ》というとき私はこのハ短調のばかりでなく、ジャンルとして、伝統的芸術形成としてのソナタ一般のことを言っているのである。(……〕それはその運命を果し、超えられない目標に到達して、止揚され、解体する。」
〔Music Bird プログラムガイド 2008年5月 掲載〕
写真:《フーガの技法》未完に終わった終曲の自筆譜

【Music Bird】ウラッハ、コンツェルトハウス四重奏団、ウェストミンスタ—・レーベル

 以前にDialレーベルを紹介した時にも少し触れましたが、LP初期のマイナー・レーベルは百花練乱であり、その演奏の質は玉石混淆とはいえ、中にはメジャー・レーベルに劣らないどころか、むしろ、より名演と呼べるようなものが少なからずありました。

 わが国の室内楽ファンにとって忘れられないマイナー・レーベルの一つがWestminsterレーベルです。レオポルド・ウラッハとウィーン・コンツェルトハウス四重奏団による、モーツァルトの《クラリネット五重奏曲》は、文字通り不滅の名演であり、個々人の評価は別としても、聴いたことの無いクラシック・ファンはほとんどいないのではないでしょうか。

 また、コンツェルトハウス四重奏団の後輩に当たる、バリリ四重奏団によるベートーヴェンやモーツァルトの四重奏曲全集も、多くのファンを獲得してきたモノラル期の名演の一つです。

 ところで、バリリがコンツェルトハウスの後輩と書きましたが、この辺りの事情は少し複雑です。確かにバリリはコンツェルトハウス四重奏団のリーダー、カンパーよりも年少でしたが、バリリがウィーン・フィルのコンサート・マスターであったのに対し、カンパーは戦後までウィーン・シンフォニカーのメンバーであり、戦後の人員不足によって、ウィーン・フィルに入ったのでした。言ってみればバリリ四重奏団は戦前からの伝統ある「主流派」であり、そのメンバーも、前任者であったシュナイダーハン四重奏団のメンバーをそのまま引き継いでいます。このような事情は、それぞれの四重奏団の演奏の価値には全く関係の無いことではありますが。

 1949年、アメリカに創設されたWestminsterレーベルは、ヨーロッパに強い繋がりを持ち、戦争によって疲弊し、物資が不足していたヨーロッパに強いドルを持って乗り込み、短期間に膨大な数の録音を成し遂げます。
 最近、再発売されたCDのライナーノートや当時の証言を集めた本『ウィーン・フィルハーモニー──その栄光と激動の日々』などの資料によって、当時の状況がかなり詳しく窺えるようになってきました。それらによれば、録音は深夜遅く、オーケストラの仕事を終えた後に寒いスタジオで行われたであるとか、貰った報酬はわずかなもので、時には現物支給であったり、支払われないこともあったのだとか、当時の演奏家達にはレコードで聴く演奏からは伺い知ることのできない労苦があったようです。

 このような証言を辿ってみると、Westminsterレーベルというのは、随分と「けしからん奴ら」であるということになります。たしかに、バリリやカンパーは、半ば騙されたように思ったり、腹立たしく思ったこともあったことでしょう。しかし、遠く離れた極東の地で、今に到ってもなお愛好され、名演の第一に挙げられ、このような文章の俎上に上がっているのは、まさにその「けしからん奴ら」によってなのです。私たちは、この「けしからん奴ら」を糾弾すべきなのか、それともこのような録音を残してくれたことに感謝すべきなのか、実に悩ましいところです。

 CDの時代となり、技術の発展によるコストダウン効果も手伝って、現在はLP初期のように多くのマイナーレーベルが次々と出現してきています。このような動きがこの後どのように発展するのか、いろいろと想像を巡らせてしまう今日この頃です。

〔Music Bird プログラムガイド 2008年4月 掲載〕