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【オーディオ】Pathé 縦振動盤をカートリッジ再生してみる

いわゆるSP盤(スタンダード・プレイ盤、つまり標準再生盤ということですが、実はLP期の45回転17cm盤も初期にはSP盤(Standard Play)とEP盤(Extended Play)の2種があり、紛らわしさからか、諸外国では一般に45rpm盤、78rpm盤と呼ばれています)の中に、少し特殊なものとして、縦振動盤というものがあります。

通常、LP、SPにかかわらず、モノラル盤の音溝は振動が横に記録されており、顕微鏡で見ると川のように蛇行した溝が確認できます。ところが、縦振動盤というものは、振動を上下に記録しているため上から見た溝はほぼ一直線に見えることになります(後述しますがPathé系の盤は少し事情が異なります)。

縦振動盤には、おおまかに分けて2つの流れがあります。一つはエジソン系のもので、もう一つはPathé系です。そもそも縦振動が採用された理由の一つは、最初の量産録音再生装置であったエジソンの蝋管に縦振動が採用されていたことが大きかったのではないかと考えられます。

縦振動盤は溝の幅が一定のため、溝の送り幅を小さくできることや、音質にも利点がある(少なくともエジソンはそう考えていたようです)と言われていました。たしかに、 当時ヴァリアブルピッチ(溝の幅によって送り幅を変える技術。SP末期に使われるようになりました)などという技術はありませんでしたので、横振動の振り幅が大きくなると盤全体の送り幅も大きくしなければなりませんでした(結果として収録時間が短くなる)。しかし、振動の振り幅という点では縦振動盤も、大きな振り幅ともなれば盤の芯に当たってしまう、あるいは溝が浅くなりすぎてしまう可能性があるのですから、大きな利点とは呼べないように思えます。また、音質に関しても横振動円盤記録方式(いわゆる普通のSP盤)を開発したベルリナーは、縦振動方式は機構上歪みが発生しやすいと考えていたようです。

結論から言ってしまえば、ベルリナーの開発した横振動溝の円盤記録方式が録音、再生、さらに量産の容易さなどからスタンダードの地位を得て、1930年頃には縦振動盤は姿を消すことになります。

さて、この縦振動盤を20世紀もはるか遠くなった現代に再生するためには、いくつかの選択肢があります。エジソン、あるいはPathéの蓄音機を使うのが、最も容易かつ真っ当なものですが、他にも、当時から縦振動用サウンドボックスや縦横兼用サウンドボックスというものがあり、様々な蓄音機に取り付けることができました。ただし、Pathé盤に関しては、溝の形が半円状で幅も広い特殊な形であったため、専用のボール針というものを使う必要がありました。

Pathéの縦振動方式はエジソンとは方法、考え方ともにかなり異なっており、単純に同じ縦振動の枠に入れるのが憚られるほどです。Pathé盤の溝を顕微鏡で見てみますと、溝の幅は一定ではなく、左右対称な形のステレオ盤の溝のように見えます。これは、広い溝で針先が深くなり、細い溝では針先が浅くなるというもので、さながら、棒2本を広げたり狭めたりしながら球を落とさずに運ぶゲームのような具合です。

従って、Pathé盤にはそれほど深い溝は刻まれておらず、エジソン盤のような底打ちの心配はあまり無かったのではないかと思われます。しかし好事魔多し、半円形で広くなったり狭くなったりする溝のトレースは大変に繊細なため、重針圧を誇るPathé製蓄音機でも針の下ろし方や盤のソリなどによって簡単に針飛びしてしまうという欠点がありました。

話は少し戻りますが、縦振動盤の再生方法としては、電気再生(カートリッジによる再生)も、針先をSP用としたステレオカートリッジを使うことによって可能となります。といいますのは、ステレオカートリッジは、溝の左右45度に刻まれた波形をトレースしているため、針先が縦に動いた時にも信号を再生しているためです。これは、ステレオカートリッジでモノラル盤(左右のみの音溝)が再生できることと、方向こそ違え同義のことです。

ちょっとした工夫として、縦振動用のカートリッジとする場合、横振動成分を打ち消すように結線することによって、不要な横振動にまつわるノイズを打ち消すことができます(このカートリッジで通常のSP盤を再生すると音はほぼ出ません)。

ステレオカートリッジのSP用針先は、Shureをはじめとして、NagaokaやStanton用など様々なものが入手可能で、エジソン盤は、3ミル針(75ミクロン)で容易に再生することができます。凝った方であれば、SPUにSP用針先を付けることも可能でしょう。

そこで問題となるのがPathé盤です。Pathé盤の電気再生は前述の特徴からも推察されるように、遥か以前から大変な難物とされてきました。太い3ミル針を使ったところで、所詮ボール針とは径が違い過ぎますので、溝の底をさらうような再生しかできず、それ以前にたいていの場合、針先が溝にきちんと接していないために簡単に針先が流れてしまい盤を最後まで再生することすら覚束ないという有様でした。

この問題の解決法としては、ボール針の針先をカートリッジへ移植するというような大掛かりなことしか考えられませんが、実際にそのような暴挙(快挙?)に出たという話は、残念ながら耳にしたことがありません。

例によって前置きが長くなってしまいました。Pathé縦振動盤アーティストの代表と言えば、名ヴァイオリニスト、ジャック・ティボー、それにニノン・ヴァラン女史ということになろうかと思います。我が手元には、ティボーは手放してしまったもののヴァラン女史など10枚ほどのPathé系縦振動盤があります。

これら僅かばかりの縦振動盤を、どうにかして手元のプレーヤーで再生したいというのが長年の願望だったのですが、そんな折も折、世界は広しでStanton用8ミル針というものが売られていることを知ったのでした。Pathéのボール針はおおよそ8ミルと言われていますのでPathé盤再生には最適と思われました。

早速、初期のStantonと共に手配して、RF297に取り付けられるようにEMTのシェルに入れたものが冒頭の写真です(アルミ風シールでそれっぽく仕上げたのはご愛嬌)。普通のシェルであれば、シェルリード線の改造だけでできたものが、EMTのシェルに押し込むために、切った張ったの難工事となってしまいました。

再生した結果は望外のもので、針圧を重めに設定し、針さえ丁寧に音溝に下ろせば、これまでの労苦など何事もなかったかのように最後まで安定して再生でき、またその音も十分すぎるクオリティを得ています(今でこそ安手のカートリッジの筆頭のようなStantonも、50~60年台は放送局用スタンダードとして使われていたのです)。

こうなってくると、もう一度ティボーを入手したい気持ちが湧き上がってきます。欲望というものは困ったもので、断捨離とは程遠い人生を送っている今日この頃です。