Verzhbilovich

アレクサンドル・ヴェルジュビロヴィチ(1850-1911)。ポーランド系ロシアのチェリスト。チャイコフスキーとも親交が深かった。カール・ダヴィドフに師事。ロシア帝室管弦楽団のチェリストの他、名ヴァイオリニストで名教師でもあったレオポルド・アウアーと共にロシア音楽協会四重奏団のチェリストも務めた。一方ポーランドもたびたび訪れ、伝説のヴァイオリニスト、スタニスワフ・バルツェヴィッツや名教師アレクサンドル・ミハウォフスキとも共演を重ねた。弟子にその後のモスクワ・チェロ楽派の祖ともいえるセミョン・コゾルポフやレオポルド・ロストロポーヴィチ(ムスティスラフの父)がいる。また私見だが、直接の師弟関係は無いものの、シャフランの師アレクサンドル・シトリメルにも少なからず影響を与えていたと考えられる。ただ、シトリメルがヴェルジュビロヴィチの後任であったフランス系のルイ・アッビアートに師事したことは、結果的にシャフランの演奏にも大きな影響を与えることになったと思われるが、この手の話は長くなるのでこの辺で。ヴェルジュビロヴィチはロシアG&Tに10曲ほど小品の録音を残している。

若干のスレ、汚れ等あるものの良いコンディション。拡大するとドットが見えるので、拡大複写の可能性が高いと思われます。

¥ 15,000

Auer_Quartet

サンクト・ペテルブルク・ロシア音楽協会四重奏団(サンクト・ペテルブルク四重奏団)は、創設時期は不明だが、1855年にヴァイオリンのイワン・ピッケル(1829-1902)が第一ヴァイオリンとして参加しているので、この頃に創設されたのかもしれない。ヴィオラのヒエロニムス・ヴェイクマン(1825-95)は1859年から89年の間この四重奏団に加わっている。チェロはカール・ダヴィドフ (1838-89)が、1862年から87年まで加わり、その後はヴェルジュビロヴィッチが後を継いだ。レオポルド・アウアー(1845-1930)は、1888年、帝室ロシア音楽協会管弦楽団の指揮者となり、おそらく同時期に四重奏団の第一ヴァイオリン奏者に加わったと思われる。ピッケルは第二ヴァイオリンとなった。

近代ヴァイオリン奏法に多大な影響を与えた名教師レオポルド・アウアーは、オーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ系ヴァイオリニストで、ブダペストでダヴィド・リドリー=コーネに、ウィーン音楽院でヤコブ・ドントに師事。同じ頃ブラームスのヴァイオリン協奏曲を初演したヨゼフ・ヨアヒムにも師事した。デュッセルドルフやハンブルクのコンサートマスターの他ミュラー兄弟四重奏団に短期間在籍するが、1868年ヴィエニアフスキーの後を継いでサンクト・ペテルブルク音楽院の教授となる。1917年アメリカに移住するまでその責にあり、その間、ボリス・シボー、エフレム・ジンバリスト、ミッシャ・エルマン、ナタン・ミルシテイン、トーシャ・ザイデル、ヤッシャ・ハイフェッツ、ミロン・ポリヤキンなど多くの名ヴァイオリニストを育てた。アメリカ時代の弟子には、サミュエル・ドゥシュキン、エディ・ブラウン、カスリーン・パーロウ、イゾルデ・メンゲスなどがいる。アウアーの敷衍したロシア奏法は、弓の持ち方に特徴があり、力強い表現が可能となったといわれる(この辺りに技術と芸術の混み入った相関関係が感じられる)。

メンバーは左よりアウアー、ピッケル、ヴェイクマン、ヴェルジュビロヴィチ。上記の経歴から推測すると1887年から89年の間に撮影されたことになります(プリントは1900年代と思われます)。外周付近欠落、変色、小破れ、スレなど多く、良いコンディションとはいえません。また、裏面に子供の絵が書かれています(画像参照)。貴重な写真だけに残念。

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Auer_Quartet_b