Category Archive: ヴァイオリン

【写真】パンホーファー=ボスコフスキー=クロチャック三重奏団

ウィーンのピアニスト、ワルター・パンホーファー(Walter Panhofer, 1910-2003)とウィーンフィルの首席奏者、ウィリー・ボスコフスキー(Willi Boskovsky, 1909-1991)、リヒャルト・クロチャック(Richard Krotschak, 1904-1989)による三重奏団の、戦前のものと思われる古い写真2枚です。右の写真ではモーツァルトの楽譜を持っています。

88×138mm 印画紙プリント。裏面に「Baar Wien」のコピーライトスタンプ。

2枚セット ¥ 10,000

【署名入り写真】イエフディ・メニューイン

イエフディ・メニューイン(Yehudi Menuhin, 1916-1999)の署名入り写真2点。左のものはやや大判です。

左:126×177mm 半光沢紙プリント。金インクペンによる署名。

¥ 20,000

左:90×140mm Electrola製オフセット印刷。青インクによる署名。

¥ 12,000

【ビンテージ・フォト】イザイ、フーベルマン、ハイフェッツ

3人のヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト。

ウジェーヌ・イザイ(Eugène Ysaÿe, 1858-1931)はベルギー出身の伝説的ヴァイオリニスト。カザルスをして「イザイほど正確な演奏ができるヴァイオリニストを聴いたことがない」と言わしめたそうです。また、ヴァイオリンという楽器の可能性を押し広げたという面においても後世のヴァイオリニストへ与えた影響は計り知れません。ヴァイオリン作品を中心として作曲も行っており、6人の名ヴァイオリニストに捧げた《6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》がつとに有名です。イザイはロシアにも演奏旅行をしていますので、この写真はその時に撮られたものかもしれません。

84×134mm 厚紙プリント。ロシア製。暗部わずかな銀浮き。

¥ 20,000



ブロニスワフ・フーベルマン
(Bronisław Huberman, 1882-1947)は、ポーランド出身のユダヤ系大ヴィルトゥオーソ。ヨアヒムに師事をしますが、そのスタイルは唯一無二のもので、ハイフェッツをも凌ぐヴィルトゥオーソとも評されています。シオニズム運動にも関わり、イスラエル・フィルハーモニー(設立時はパレスチナ管弦楽団)を設立したことでも知られています。

84×134mm 厚紙プリント。ベルリンVerlag HansDursthoff製。暗部銀浮きが目立つ他、外周部多少の傷み等。

¥ 10,000

ヤッシャ・ハイフェッツ(Jascha Heifetz, 1901-1987)は、史上最高のヴィルトゥオーソとも評されています。その真偽はともかくとしても、残された録音を聴く限り、録音史上最高の1人ということは間違いのないところでしょう。フーベルマンもハイフェッツの演奏を聴いて唸ったといいます(彼も引けをとっているようには聴こえませんが)。ハイフェッツは9歳の時、その演奏を聴いて驚嘆したアウアーの弟子となりますが、この写真はその頃撮られたものではないでしょうか。

88×138mm 厚紙プリント。ロシア製。上部に2ヵ所画鋲跡、下部小ヤブレ、周辺部多少の傷み。暗部多少銀浮きがあります。

¥ 20,000

【ロシア・ビンテージ・フォト】ボリス・シボ-

ロシアのヴァイオリニスト、ボリス・シボ-(シボリ)(1880-1961, Boris Sibor)は、サンクト・ペテルブルク時代のアウアーの高弟で、後にアウアーの娘と結婚します。

アウアーの弟子として、またヴァイオリンの名手として名を知られていながら、録音を残さなかったためその演奏は想像の域を出ません。また、モスクワ音楽院の設立メンバーであり、弟子も少なからずいるにも関わらず、ストリャルスキーやヤンポルスキー門下のような活躍をしなかったため、教育の面でも謎の多いヴァイオリニストです。研究が待たれます。

85×134mm 厚紙プリント。角他わずかな傷み。

¥ 20,000

【ロシア・ビンテージ・フォト】ミハイル・フィヒテンゴルツとボリス・ゴルトシテイン

ストリャルスキー門下の天才少年2人。

ミハイル・フィヒテンゴルツ(MIkhail Fikhtengoltz, 1920–85)とボリス・ゴルトシテイン(Boris Goldstein, 1922-1987)は、共にオデッサでストリャルスキーに学んだのち、モスクワでヤンポルスキーに師事するという、当時の天才ヴァイオリニストの歩む道を辿りました。

1935年、ゴルトシテインはヴィエニアフスキー・コンクールで優勝し、若すぎるソ連邦の英雄となります。1937年のイザイ・コンクールがストリャルスキー門下のハイライトで、オイストラフ、エリザヴェータ・ギレリス、フィヒテンゴルツ、ゴルトシテインが上位を独占しました。しかしゴルトシテインは戦後、目に見えないユダヤ人差別に苦しむことになります。当時のユダヤ蔑視主義者たちは「スターリン賞を受けたユダヤ人」をどう処遇してよいか分からなかったのです。グネーシン音楽大学教授という相応しいとはいえない地位に置かれたゴルトシテインは(ここで唯一の有名な弟子ザハール・ブロンを教えている)、1974年ドイツへ亡命することになります。

フィヒテンゴルツもまたスターリンの時代に翻弄されたヴァイオリニストで、政府高官の娘と結婚をするものの、その高官であった義父が失脚し、フィヒテンゴルツは離婚を余儀なくされます。失意のフィヒテンゴルツは精神を患って手に麻痺を起こし、ヴァイオリニストとしての道を断念せざるを得ませんでした。精神療法を受け、グネーシン音楽大学で教鞭をとるようになった頃から手の麻痺も回復しはじめ、1960年代になってようやくヴァイオリニストとして再起を果たします。フィヒテンゴルツは、この頃からバッハの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ》をレパートリーの柱とし、ソ連のヴァイオリニストとしては例外的に(もう一人ピカイゼンがいますが)全曲を録音しています(5曲がLP録音された後、全曲がCD発売されましたが同一録音かどうかは未検証)。彼のストイックなまでのバッハは、悲痛な叫びのようにも、その先に救いを得たようにも聴こえますが(故にあまりレコード・ファンには好まれませんが…)、バッハの作品こそが彼に精神的な恢復を与えたように感じられてなりません。

波乱の人生故か、フィヒテンゴルツは65歳の若さで心臓麻痺を起こして亡くなり、ドイツのゴルトシテインも後を追うように65歳で没しました。

なお、写真にはミハイルがミーシャ、ボリスがブーシャと愛称が表記されていますが、当時のSPレコードにもこの名前が記載されています。蛇足ながら、ゴルトシテインは一昔前はゴールドシュタインなどとも呼称されていましたが、原語にうるさい方などは、ガリトシテインと呼ぶようです。ロシアでは「o」を「ア」と発音するので、「Go」が「ガ」になるのですが、原語主義もここまで徹底しなくてもよいでしょう。

フィヒテンゴルツ:88×135mm 厚紙プリント。角にマイナーな折れ等。

¥ 20,000

ゴルトシテイン:88×135mm 厚紙プリント。良いコンディション。

¥ 20,000

『GEORGES ENESCO PLAYS BACH』

アメリカ “Georges Enesco Plays”レーベル 番号無し(3 LPs)

バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲)
ジョルジュ・エネスコ,ヴァイオリン
1948年録音

 

いわゆる「エネスコのバッハ」です。「エネスコのバッハ」は1950年頃Remingtonレーベルの前身であるContinentalというアメリカのレーベルで発売されました。その後、数回にわたりContinentalレーベルで再プレスされた後、Remingtonレーベルでも発売され、最後にはソナタ第2番のみという25cm盤までが発売されました。

この「Enesco Plays」盤は、おそらくはエネスコがパリやルーマニアの弟子へ贈るために作らせた盤で、Continentalレーベルの最後のプレスと同じ時期のものと思われます。従って、この「Enesco Plays」盤はヨーロッパから見つかることが非常に多くなります。マトリクスは、この盤も含めてContinentalからRemington盤まで一貫して同一で「TA-33-017/21」です。

この「Enesco Plays」盤やContinentalの最後期の盤は、盤の厚さこそ若干薄くなりますが、材料の問題やプレス技術がこなれてきて、初版に聴かれるような盛大なサーフェスノイズはほとんど聴き取れません。ただし、これによって初版よりも優れているなどということはなく、初版盤にはサーフェスノイズを超えて聴こえてくる何かがあることも事実です。

箱は正方形で赤茶色の何も書かれていないブランクボックスですが、箱のふたの裏面にはContinental盤に付いていた解説がそのまま貼り付けてあります。

コンディションは、第4面5時方向4バンド目後半から5バンド前半にかけてスリキズがあり、若干ノイズが出ますが、全体としては浅いキズが散見されるだけで、かなり良い部類であると思います。ただし、この時期のContinental/Remingtonの粗悪なプレス故、若干ミゾのブレや凸凹があり、縦に感度の無いモノラル専用の針の場合5~7g程度の針圧を掛ける必要があるでしょう。また、第1/6面の1枚のみ、若干偏心していますが、それほど顕著な影響は感じられませんので、中心穴を広げるよりは、敢えてこのままにしておいた方が良いのではないかと思います。

演奏については、ここで屋上屋を重ねて私見を述べる必要はないでしょう。

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