ジャン・ロンドーの《ゴルトベルク変奏曲》──楽譜をめくる意味

過日、ジャン・ロンドーのチェンバロによる《ゴルトベルク変奏曲》のコンサートを聴いてきました。

ジャン・ロンドーは、この文章を書くにあたって調べてみたところ、鬼才とも呼ばれるフランスの若手チェンバロ奏者でこれが初来日だったとのことです。

私はゴルトベルク変奏曲を殊のほか愛好してはいるものの、このコンサートは行けなくなった友人からチケットを譲り受け、物見遊山で出掛けたことを告白しておきます。その友人も、ロンドーのチラシが余りにおかしかったのでチケットを購入したようですが。

ともあれ、当日私は文化会館の席に収まり、演奏会は始まりました。リパッティやバックハウスを思い出させるようなアルペジオを爪弾いたのち、弾きはじめられた《ゴルトベルク変奏曲》は拍子抜けするほどオーソドックスで、むしろ奇抜なチラシや「鬼才」という言葉が少し煽りすぎなのではと感じられるほどです。

それにしても、強弱のつかないチェンバロという楽器による演奏は、グールドをはじめとしたピアノによる名演を聴いた耳にとっては残念ながら余りにもモノクロームであって、その欠点を補うためにフレージングを強調したりテンポを細かく動かしてはいるのですが、これがまた弦楽器の古楽器奏法独特のアクセントを彷彿させてしまいます。古楽器演奏のあの年々どぎつくなるフレージングやアクセントは、音量による表現不足を補うものであったのかと妙に得心してしまいます。そういえば、《冬の旅》をフォルテピアノで伴奏した演奏会でも、テンポをことさら揺らす伴奏に閉口したものでした。

本来デュナーミクやアゴーギク(私は、この目を引く外来語があまり好きになれません。日本人なのですから「抑揚」と「緩急」で良いではないかと思ってしまいます)というものは、表現や歌いまわしの中において分離不能な混淆物として現れるはずであるのに、昨今の古楽器奏法は、まるで抑揚がつけられないので代わりに緩急をつけているようにすら思われてしまいます。18世紀に演奏された場や空間を想像するに、それほどの濃淡ある表現が必要であったとも思われないのですが。

一つの頂点ともいえる第25変奏では、始める前に大きく間を取り、ゆったりとしたテンポで繰り返しも全て行い、この変奏への思い入れは大いに感じられましたが、表現としての深みがその思い入れほどあったでしょうか。さらに言えば、この変奏をこれほど大切に扱っておきながら、ダ・カーポ主題へと戻る直前の最後の高揚、クオドリベットを繰り返しも行わずに弾き流したのことには少なからず失望を覚えました。私はバッハがこの変奏を最後に配したことには少なからぬ意味があると信じているのですが。とはいえ、第14変奏や16変奏などではチェンバロの鋭い音色を活かした表現で面白さを感じもしましたが、全体としては余り惹きつけるようなものは感じられませんでした。

もう一つ目を引いたのが曲の間です。ロンドーは多くの曲間に一呼吸を置いていましたし、勿体をつけたような楽譜のめくりかたをして長い間を取ったりもしていました。曲を間断なく続けたいのであれば、暗譜するなり譜めくりをつけるなりできるわけですから、何かしら彼なりの考えがあってのことだとは思いますが、音楽の流れが遮られるような気がして私にはあまりしっくりと来ませんでした。あるいはこれは新手のアゴーギクなのでしょうか。

楽譜をめくるという行為にはもちろん意味があります。タルガムのTEDの講演によれば、リヒャルト・シュトラウスが自作の指揮で淡々と指揮棒を上下させながら譜面をめくっているのは、もちろん自分の曲を忘れてしまったのではなく、「楽譜によって演奏するのだ」という暗喩を楽団員へと伝えているのだそうです。一体ロンドーは誰に向かって楽譜をめくっていたのでしょうか。

ダ・カーポ主題が静かに終わりをつげましたが誰一人として拍手をせず、ロンドーも微動だにしません。一体この静けさは何なのでしょう。決して満足のいかない演奏ではなかったにしても、そこまで深く心に刺さるような演奏であっただろうか、と自問してしまいます。30秒、あるいは1分くらいたったでしょうか、熱烈な拍手とブラボーが湧き起こりました。正直を言うと、私は高揚したこの場の雰囲気と自分との落差にすっかり冷水を浴びせられた格好となり、それなりに楽しんでいた気分も雲散霧消し、拍手の鳴り止まぬ中、早々に席を立って文化会館を後にしました。

ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》──自作自演とメルニコフと…

ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》──プロコフィエフのソナタとともに20世紀(21世紀を含めてもなお)ピアノ音楽における金字塔であることは、好き嫌いはさて置き、誰もが認めるところではないでしょうか。「前奏曲とフーガ」という古典的な調性による形式をとりながら、不協和音はもちろんのこと無調に近づく部分すらあり、さまざまな理由から前衛色を薄めたとは言えショスタコーヴィチの精髄を極めた名曲といえます。事実、この曲はショスタコーヴィチの数少ないピアノ作品の中でも最も規模の大きなものであり、ショスタコーヴィチの託した思いというものは推して知るべきでしょう。

演奏に関しては、巷間ニコラーエワの世評が最も高いようです。それは、ニコラーエワが1950年のバッハ国際コンクールに優勝し、その演奏に触発されたショスタコーヴィチが《24の前奏曲とフーガ》を作曲し、これをニコラーエワに献呈した、という事実が大きく影響しているのだと思います。3度にわたり全曲録音を果たし、この曲集の評価を高めた功績は計り知れませんし、前奏曲などには本当に美しい瞬間もあるのですが、残念ながら私はニコラーエワ盤にはあまり惹かれません。全曲ではありませんが、リヒテルの演奏や自作自演に、より苦い真実が含まれているように感じられるからです。

リヒテルについては、私の最も好きな演奏家の一人ですから、いずれまた書く機会もあるかと思いますので、ショスタコーヴィチの演奏について。ショスタコーヴィチがこの曲を初めて録音したのは作曲直後の1951年ですが、この頃にはすでに右手に問題をかかえていてピアニストとして十全な状態ではなかったようです。曲によってはかなり破綻を来す部分もあり、そのような観点(技術的な)から見れば問題の多い演奏なのかもしれません。しかし、私にとっては彼の弾くどの旋律、どの和音一つをとっても、途方もない深さ、意味が感じられ、そこから得られるある種の感動(というよりもほとんど感情と言ってよいようなもの)は技術的問題あるいは他の名演奏には代えがたいものがあるのです。

興味深いのは、ほとんどのピアニストがアッチェレランドからテンポを落として壮大に曲を締めくくる第24番の終結部です。それは曲集全体の締めくくりとして、また壮大な二重フーガの締めくくりとしても相応しいものだと思うのですが、ショスタコーヴィチによる自作自演では、その終結部分もほとんどテンポを落とさず(若干落ちているのは技術的な問題のようにも聴こえます)むしろテンポを早めるように最後まで突き進んでいきます。これは当時の政治的な困難を反映して凄絶に突き進んでいる、と捉えることもできましょうが(世間もそのような答えを求めているのでしょう)、私がこれまでショスタコーヴィチの演奏を聴いてきた経験から感じるのは、彼はこのような気宇壮大な堂々たる曲想を演奏することに対して、ある種の気恥ずかしさを感じていたのではないか、ということです。

最近、ボロディン四重奏団の第一ヴァイオリンだったロスティスラフ・ドゥビンスキーの回想を読んだのですが(英語版は知っていたのですが、最近Amazonの電子ブックに日本語版があるのを知りました。どうやら個人の方が日本語訳をされた労作で、大変興味深い内容です。いずれこれについても書ければと思います)、ここに描かれているショスタコーヴィチは、早口でせっかち、そして回りが笑いを堪えられないようなアネクドート(ロシアの小話)を自ら話しても一緒に笑うでもなく「神経質そうに唇を噛んだ」のだそうです。自分の感情を明け透けに表現することが苦手、あるいは好まなかったのがショスタコーヴィチという人物だったのかもしれません。困ったことに、内なる感情が白日のもとに晒されてしまうのが、作曲であり演奏という行為なのですが…。

さて、ここのところショスタコーヴィチの《前奏曲とフーガ》で目立った存在といえば、アレクサンドル・メルニコフでしょう。数年前に全曲を録音し、一昨年には日本で一晩での全曲コンサートを二度行い、今年の春には「リヒテルに捧ぐ」という演奏会シリーズで数曲の抜粋を演奏。いずれもが絶賛を浴びています。『モーストリークラシック』のショスタコーヴィチ特集では、ニコラーエワ、アシュケナージ、それに三宅麻美さんと共に特筆すべきピアニストの一人とされています。しかも、このやや浮わついたとも見える絶賛は日本だけではなく、どうやらCDが制作されたフランスでも大変に評価されているのだそうです。

そもそもなぜこの文章を書く気になったのかといえば、実のところ2012年に行われた全曲演奏会を私も聴いたからです。その時の私の感想を有り体に書いてしまえば、表面的、あるいはショスタコーヴィチの表面すらかすっていない全く空虚な演奏。では若さにまかせた超絶技巧が冴えわたっていたかといえば、聴かせどころの15番のフーガでもあちらこちらとミスをする始末で、褒められるところといえば、演奏会場のエアコンの効きが良かったこと、という程に落胆させられた演奏でした。

メルニコフの演奏から聴こえてきたのは、鍵盤を叩くのが上手な人の饒舌なおしゃべり、ショスタコーヴィチの曲は「自己」表現のための道具と言わんばかりの大げさな身振りの自己表出であり、曲に対する愛情や尊敬といったものはまるで感じられないものでした。ショスタコーヴィチ自身はその表現を苦手としながらも、曲の中に溢れんばかりの感情や苦悩、それに作曲家の手からはすでに離れ独自の輝きを放つ曲そのものの生命力、芸術性といったものは一体どこへ霧散してしまったのか。全曲を通じて首をひねるばかりの演奏は、盛大な拍手とスタンディングオベーションで奇妙な大団円を迎えたのでした。

私が感じたものと世の絶賛との落差は一体何なのか。演奏会から2年以上を経ても未だにこの疑問への合理的な答えは得られていません。素晴らしい演奏だったと感動されている方の横で「まったく酷い」などと毒づくのは品の無いことですから、このことを書くのも長いことためらってはいたのですが、芸術について何かを書くからには、やはり正直でなければとも思うのです。

事によると世間の評価が正しく、私がまるでメルニコフを理解できていないだけかもしれませんが…。

【お知らせ】竹内進 バリトン・リサイタル 2015

Takenouchi_Roussel

2011年のリサイタルをご紹介して以来ですが、当店常連の高等遊民(ナドと言うとまた叱られますが)、かのバリトン・マルタン、カミーユ・モラーヌに長年師事された竹内氏が、来る12月15日に、「ルーセル先生 生徒サティ 息子プーランク」という、大変刺激的なプログラムにてリサイタルを行われます。

内容の興味はもちろんのことですが、このコンサートの対訳付プログラムは毎年大変な労作で一見の価値があります(しかも、コンサートでしかプログラムは配布しないとのこと)。私も毎年プログラムを楽しみにしており、資料としても大変勉強になっています。

サティはこの夏のBunkamuraの展覧会に足を運んだこともあり、心惹かれるものがあります。ご興味がお有りの方は、ぜひ足をお運び下さい。

 

竹内 進 バリトンリサイタル 2015

「ルーセル先生 生徒サティ 息子プーランク」

バリトン 竹内 進 TAKENOUCHI Susumu

ピアノ 竹内陽子 TAKENOUCHI Yoko

2015年12月15日(火)

19時開演(開場18時30分)

スタインウェイ・サロン東京・松尾ホール

 

予約、お問い合わせ ふぁさふぁす E-mail:face-a-face@y-mobile.ne.jp

Hermes / Cassandre のトランプ

ブログの更新を怠けてぼーっとしている間に、いつの間にやらすっかり盛夏になってしまいました。

ところで当店には少しではありますが、レコードジャケットとは別に音楽に関係あったりなかったりする写真や絵を飾っているのですが、あまり同じものを掛けていると飽きてきてしまいます。そこで、暑気払いの気分転換も兼ねてカサンドルがエルメスのためにデザインしたトランプを額装してもらいました。

A. M. カサンドルは、アールデコ時代を代表するデザイナーの一人で、「ノルマンディ号」や「北方急行」のポスターやイヴ・サン・ローランのロゴなど、古さを感じさせるどことか、むしろ一歩も二歩も先んじているかのような名作の数々を生み出しました。しかし、レコードコレクターという観点から見ると、1950年代に多くのレコードジャケットのデザインを手がけたおなじみのデザイナーということになります。

さてこのエルメスのトランプ、数字札は共通のデザインとなっていますが、絵札とエースは4種それぞれに違うデザインが施されています。また、トランプ側面には金箔が塗られているという手の込んだものとなっています。

このトランプには同じエルメスによる復刻版もあるのですが、こちらはトランプ裏面が無地であったり(この裏面のデザインもカサンドルの面目躍如たるデザインで、赤系と青系の2種類が作られました)、側面も金箔処理がされていなかったりと、(レコードと同じく)やはり初版が良いという典型的な一例となっています。

一緒に額装してもらった、ヴェルジュビロヴィッチ(帝政ロシア時代の宮廷チェリスト)の小さな写真と共に、また違った気分で音楽を聴くことができそうです。

 

【お知らせ】桑田穣 J. S. バッハ 無伴奏ヴァイオリンを聴く会

Bach_Unaccompanied

 

この企画には半ば関わっているので手前味噌となってしまいますが、当店のお隣、Ralph and Sunnieにて、ヴァイオリニストの桑田穣氏の演奏による、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータを聴く会が下記の通り開催されます。

 

J. S. バッハ 無伴奏ヴァイオリンを聴く会

桑田穣(ヴァイオリン)

2011年5月14日(土)

開演 18:30 (開場 18:00)

演奏曲目

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番, BWV 1001
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番, BWV 1004

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番, BWV 1003

 

詳細、お問い合わせはRalph and Sunnieまでお願いいたします。

それほど多いというわけではありませんが、職業柄クラシックの演奏家の方々とも知り合うことがあります。その中の一人がヴァイオリニストの桑田さんです。

よく「演奏家は自分が一番と思っているから、人の演奏は聴かない」と言われます。実際にはこの言葉はかなり極端であるとは思うのですが、わたしがこれまでに出会った演奏家の多くは、他の演奏を参考程度にしか聴かなかったり、演奏技術に非常にうるさい方が多かったように思います。ピアノでいえば均一なタッチ、揺れないテンポ、混濁しないペダルワークなどなど…これらが少しでも破綻するようであれば、良くない演奏というわけです(この線でいくとわたしの好きな昔のロシアのピアニストなどは全員落第なのですが)。

たしかに楽器の演奏は、素人目で見てもかなり難しく、また特殊な技術が必要であることは分かりますし、技術がなければ表現できないことというのも随分あるのだと思います。しかし、残念なことに音楽は計算や競技ではなく芸術です。技術をいくら磨いたところでそれが芸術的表現へとつながらなければ全く無意味なことになってしまいます(最近は、乱立するコンクールなど、音楽がまるでオリンピックのようになりつつあるようにも思えますが…)。

桑田さんは(失礼ながら)演奏家には珍しく、1950年代や60年代に録音された音楽──技術より以上に音楽が重視された時代、音楽がまだ芸術であることを十全に保っていた時代の音楽を聴くのを楽しみとされている方です(今でこそ何人かそのような演奏家の方々とも知り合いになりましたが)。ウォルフガング・マルシュナー、ポール・マカノヴィツキー、ユリアン・シトコヴェツキー等々。そして、わたしが何よりも好きな時代もこの時代なのです。

そんな風にして、日々情報をやり取りさせていただいていた桑田さんですが、最近バッハの無伴奏を練習しているという話を聞きおよび、それならば、と話が進みこのコンサートが開催できる運びとなったのでした。

50年代、60年代の「芸術」を楽しまれる桑田さんが、どのようなバッハを奏でるのか、期待ふくらむ今日この頃です。

アレクセイ・リュビモフとロシア・ピアニズムについて

はや今月のことになってしまいますが、ロシア・ピアニズムの異端(あるいは鬼才!)アレクセイ・リュビモフが来日公演を行います。すみだトリフォニーホールの≪ロシア・ピアニズムの継承者たち≫というシリーズで、第1回は先日ご紹介したソフロニツキーで、リュビモフは第2回にあたります。

リュビモフは、現在ではペルトやシルヴェストロフなどポストモダン系の作曲家と、チェンバロやフォルテピアノでロマン派あたりまでを範疇とする演奏家、言うなれば「今風の演奏家」と看做されているようです。

しかし、わたしにとってのリュビモフは、ソ連時代の鋭利な刃物のようなドビュッシーの前奏曲集や、今は亡きカガンと録音したアイヴスやシェーンベルクなどの現代ヴァイオリン作品集、同じ時期に録音した現代ピアノ作品集の録音を成した演奏家として記憶されています(つまりはCDをほとんど聴いていないという事なのですが)。

すっかり定着した感のある「ロシア・ピアニズム」という言葉ですが、ではその特徴は何かというと、紋切のように返ってくる答えが、技術の高さであったり、叙情性であったりするのですが、それならば、フランスなりアメリカのピアニストは技術も叙情性も無いのであろうか? と思わず聞き返してしまいたくもなります。

こと技術という点でいえば(最近はメカニックという言葉がもてはやされているようですが…)、全盛期のラザール・ベルマンやアントン・ギンスブルクをもってしても、マルカンドレ・アムランやラン・ランには及ばないであろう、というのが私の率直な印象です。また叙情についても、ロシアよりもポーランド、あるいはひょっとすると日本のピアニストの方がより直裁に叙情を表現しているでしょう。

では、ロシア・ピアニズムの持つ特徴、特色とは一体何なのでしょうか。

現在我々はロシア・ピアニズムを代表する4人の教師、イグムノフ、ゴリデンヴェイゼル、ネイガウス、ニコラーエフのうち、ニコラーエフを除いた3人の録音を聴くことができます。そしてこの3人を聴き比べると、3人が3人とも全く違った奏法を用い、異なった演奏解釈を行い、つまりは別々の方向を目指して、三者三様の音楽を作っています。この3人に、さらにロシア・ピアノの巨人、ソフロニツキーやユーディナ、リヒテルなどを加えてみても、そこにはほとんど音楽的な共通点は見出せないでしょう。

また、リュビモフはネイガウスの門下に当たるのですが、その演奏が他の門下生、ザーク、リヒテル、ギレリス、ヴェデルニコフ、ナセトキンの誰かと音楽における共通点があるかと問われたとき、簡単には共通点を探し出すことはできないでしょう。

もちろんこれらのピアニストにも、強靭な打鍵やロシア的な重苦しさなど、多くのピアニストに共通するものを見出すこともできます。しかし、彼らの目指している音楽はそれぞれに異なっており、結果として生まれ出てくる音楽もそれぞれ全く異なったものとなっているのです。

つまり、ロシア・ピアニズムの本質というのは、それぞれ異なった音楽を包含した「多様性」の中に潜んでいるといってもよいでしょう。そこには、各々の演奏家の個性を押さえつけないピアノ教育、言うなれば(コンクールに入賞するための)演奏方法ではなく、音楽そのものを教える教育、というものがあり、連綿と受け継がれてきたこれらの伝統こそが、ロシア・ピアニズムの本質の一端である、とも言い得るでしょう。

冒頭に戻って、このような連関の中で、リュビモフを「異端、あるいは鬼才!」などと表現することが果たして正しいのだろうか、と考えてしまいます。なぜなら、異端や鬼才を受け入れてきたのがロシア・ピアニズムであり、逆説的に考えれば、ロシア・ピアニズムとは異端の集合体であるとも言えるからです(そもそも芸術というそれ自体非常に先鋭なものを、異端や鬼才などという言葉で表現するというのも見識を疑われかねない話ではありますが)。

残念ながら、近頃はロシアの異端ぶりも大分角が取れてきてしまっているようです。わたしは、ネイガウスの音を知っている最後の世代である「異端」の音楽を体験するのを、今から楽しみにしているのです。

ヴィヴィアナ・ソフロニツキー オール・ショパン・プログラム

年の瀬もおし迫った12月26日、昨年最後のコンサートは、ヴィヴィアナ・ソフロニツキーによるオール・ショパン・プログラムでした。

ソフロニツキー、この名前は私にとって、ネイガウスなどとともに特別なものです。演奏を聴かずとも「名演」と宣言してしまって間違いのない名前といっても良いでしょう。

そんなある日、ソフロニツキーが来日するという情報が舞い込んできました。はて、わがウラディーミル・ソフロニツキー師は1961年に身罷っているはずだが、と調べてみると、来日するのは、ヴィヴィアナ・ソフロニツキーといって、ソフロニツキー師の娘のようなのです。娘ですからソフロニツカヤではないかとも思うのですが、ロシアも少しづつリベラルになっているのかもしれません。

そのヴィヴィアナさんがショパンを演奏するというのですが、これが困ったことにショパン時代の古い楽器(の復刻)、つまりフォルテピアノでの演奏なのです。一般にレコードマニアと呼ばれる人種はあまり古楽器が好きではなく、残念ながら私もその例に漏れないのです。しかしソフロニツキーという名前には逆らえません。早速チケットを手配しました。

とはいえ、ソフロニツキー師は非常にレベルの高いロシア・ピアニズムの中でも別格中の別格のピアニストでしたから(トロップさんが、それは神の啓示のごとくであった、とおっしゃっていたのを覚えています)、ヴィヴィアナさんに過大な期待するのは禁物です。

一聴しての感想は、やはりフォルテピアノの音は小さいということと、意外に細かなニュアンスは出せるものだな、ということでした。しかし聴き進んでゆくと、どうにもヴィヴィアナさんの演奏とウラディーミル師の演奏が重なって聴こえてきてしまうのです。その力強く粘ったようなタッチは、悲劇的な色彩を帯びていて、そう、極論してしまうとウラディーミル師生き写しなのです。フォルテピアノのパラパラとした音が、ウラディーミル師の悪い録音の音と妙に似ているのが、またおかしくもあります。

ここまで似るのは何故なのか。同行したピアニスト氏の推測では、体格(彼女はとても背が高い)や手の形、あるいは音を聴く耳が遺伝しているのかもとのことでした。

アンコールでは、3台目のフォルテピアノを出してきての聴き比べの後、一番古いモデルでモーツァルトの幻想曲を演奏しました。それは素晴らしい演奏であったのですが、その力強いタッチやウラディーミル師譲りの解釈は、フォルテピアノで弾くモールァルトの様式からはかけ離れているようにも感じました。

何にしても、毎年数え切れないほどのロシア・ピアニストが来日しているなか、これほどのピアニストが今までほとんど知られていなかったというのは驚くべきことだと思います(ソフロニツキーのピアニズムが今どきあまり受けるタイプではないのかもしれませんが)。

見ているとフォルテピアノが楽しくて仕方がない様ではありますが、残念ながらヴィヴィアナさんのピアニズムはモダン・ピアノでこそ生きるのではないかと思います。次の機会には、ぜひモダン・ピアノで聴いてみたいものです。

 

竹内進 バリトン・リサイタル

ひとつ飛ばしてしまいましたが、昨年12月6日に行われた竹内進さんによるフランス歌曲リサイタルです。

竹内さんはフランスの名バリトン、カミーユ・モラーヌに師事された方なのですが、私にとってもモラーヌは特別な存在であったため話の合わないはずはありません。時々ふらっとお店に現れては、モラーヌ来日時の話、モラーヌのライバルであったジャック・ジャンセンのこと、留学時代のスコラ・カントルムの話などを聞かせてくれるのです。

そんな竹内さんは、年に1度フランス歌曲リサイタルを催されており、その年ごとに作曲家やテーマを定めたプログラムを用意されます。昨年はプーランクでしたが、今年はさらに一歩進んで、フランス六人組胎動期の作品です。

一口に六人組の歌曲作品といっても、プーランクは歌曲全集が発売されているなど比較的その作品は知られていると思うのですが、他の作曲家はというと、ミヨーやオネゲルといった有名な作曲家ですらあまり録音がなく、オーリック、デュレ、タイユフェールともなると、歌曲の録音を探すこと自体が骨の折れる作業となってしまいます(これは主にレコードの場合ですが、CDでもそれほど事情は変わらないと思います)。

それでもSPの時代から、六人組の歌曲コンサートを始めて行ったジャヌ・バトリやクレール・クロワザがいくつかの録音(作曲者自身のピアノによる)を残していますし、高名なメリザンド歌手イレーヌ・ヨアヒムは、LP初期に「フランス六人組」という大変に素晴らしいアルバムを残しています。

竹内さんのコンサートの特徴の一つは、歌う前に竹内さん自らが、ときには関連する資料や写真を手に、曲を解説をすることです。その朴訥とした口調と、「今日はどうものどの調子がおかしくて…」とか「練習不足で…」と言うような、わたしが勝手に「自虐ネタ」と呼んでいるコメントを聴くのが密かな楽しみとなっています。

もう一つの特徴は、訳詩付きの大変に凝ったプログラムで、訳文も竹内さん自らが意味の伝わる範囲で逐語的に訳されたもので、巷で読むことのできる文学的意訳とは、また一味違ったものとなっています。そもそも、多くの曲は日本語の訳文さえ手に入れるのに一苦労するようなものばかりなのですが。

肝心のコンサートは、ご本人はこれまた自虐的に「今日は特に調子が悪かったので…」とおっしゃっておりましたが、私は初めて聴くデュレのモダンな作風に「おお」と思ったり、ミヨーの「花のカタログ」が、実は花屋さんの宣伝をそのまま詩に使っていることを初めて知ったり、おなじみ動物詩集でアポリネールの天才ぶりを再認識したりと、実に楽しい一夕となったのでした。

昨今は、本場フランスでもフランス歌曲はあまり顧みられていないように思います。ましてや日本でフランス歌曲を聴く機会というのは、(外来演奏家が歌うような有名曲を除けば)非常に限られていると言わざるをえません。竹内さん自らおっしゃるように、師であるモラーヌとは比較できないのかもしれませんが、このような機会を毎年用意してくださる竹内さんの姿勢には頭の下がる思いです。